季節外れのなすきゅうり
「季節外れのなすきゅうり」   作 中平おーし


・制作意図
人間が生きていく上であと少しの何かがあればと思うことがないだろうか。
そして、それは大抵叶わぬものであると同時に、万が一叶っていてもなかなか自身では認識できないものであったりする。
人生とは不確定のものが多く、日々がたとえどんな綱渡りであっても歩まねばならない、そんなとき誰かが少し手を差し伸べてくれたらどんなに救われるだろうかと考えたりする。
それがこの物語の登場人物においての鈴子であり、この物語および公演自体がお客様にとっての鈴子であってほしいと願いながら描いたものである。




・あらすじ
「あの世」にあると言われている株式会社BON o BON(ボン オ ボン)は日本にある夏のお盆文化で使われるきゅうりとなすを手配する会社。
そんな「あの世」にも働きかた改革が到来し、そこに勤める盂蘭田鈴子は突然休暇を言い渡される。そこで鈴子はその休暇を利用して旅行に行くことになるが彼女の旅行の目的地は長年の夢だった現世!
働きすぎて自分が何者であったかなどとうに忘れてしまった彼女の忘れられない暖かくも切ない現世旅行が始まろうとしていた。
(ちなみにボンオボンはフランス語と日本語を組み合わせた造語で「良いお盆を」、という意味である)


・各パート演出意図および演出の思惑
1仕事の意味、行動の意義、希望への憧れ、遠き日の繰り返し
まずこのパートでは主人公の鈴子とその弟直輝との物語である。
もちろん鈴子以外の現世の家族は鈴子を鈴子として姿では認識はできないため他人のていで物語は進んでいく。
そのため、全編通して重要視したいのは役者と役者の距離感である。
冒頭、鈴子と直輝はもちろん初対面として展開していくが、徐々に会話続いていくと支配権は鈴子になっていく。
そのため積極的に鈴子が動き、距離を詰めたり距離を置いたりと直輝を翻弄する。直輝はそれに合わせることができないもどかしさの中にも心地よさを感じてほしい。
それはなぜかといえばあくまで初対面、先にも言った通り現世の家族は鈴子を鈴子として姿では認識はできないといいながらもこれは家族の物語であるため、いかにも生前の時の関係性のままにことが運ぶところに美しさが宿ると思っているからである。
歳の近い姉と弟、衝突こそしながらも結局気が合うのだ、馬鹿にしつつも結局わかりあえる、しかもそれは姉が弟を、弟が姉を想うからこそ成り立つ阿吽の呼吸に近いものそんなものをイメージしている。
そして弟の悩みには真剣に答えながらも鼓舞をして、優しく背中を押す、君にはまた歩き出せる力があることを私は一番知っている、そんなイメージだろうか。
社会に出れば誰しもが感じる悩みや自信の価値を推し量る難しさ、そしてそれを脱するのは意外と簡単で誰かのちょっとした助言だったりする。何かを頑張ることの価値、継続の価値、踏み出す勇気、その価値をまさしく自身の生き方で体現するたんたかたーんに彩ってもらえればと思う。


2 好きなことの意味、継続の苦悩、継続の意味、孤独と希望、約束
このパートでは先ほどと同じく兄弟、姉妹の話でありながらまた違う関係性を表現していきたい。
姉の涼子は長女でありながらも自由奔放なキャラクターを想像しており、精神の根幹には優しさと強さを兼ね備えているどこか頼れる姉である。
鈴子は生前、自信のやりたいことや夢などがない自分を否定してしまう時期があった。
それを救ったのが姉の涼子であるのだが、そこ頃からより一層姉を尊敬する側面を持つようになる。
それらを踏まえ、基本的には会話の支配権が涼子にあり、先ほどとは異なる進行をとっていく。
序盤、あくまで鈴子は涼子の音色に惹かれて登場し涼子の領域に侵入した側であり、動きと精神に動きにくさを感じるところからはじまる。
主に動きは鈴子はあくまでその場で動き、涼子が距離感を担当しつつ身守る距離感を維持する。
制限下の中でも純粋に涼子の奏でる音色を自信の精一杯の表現力で褒める、でもそこには圧倒的な壁、溝のようなものがあり決してたどり着けないもの、それは自信に誇れる夢や好きなことがないからこそ生じるものを鈴子は感じている。
だが涼子はそんなことは実際どうでもよくて、どんな些細なことにも意味があり、それにこそ価値があるという一種の運命の流れを自身で導く姿を自身で体現する、そして自分自身もその小さな意味に躓くことはあるが、それでも歩く価値を自身で見出す美しさ、それは私だけではなくあなたにもあると鈴子に告げる。
そんなやりとりの中にあるのはやはり年上の姉が幼き妹を自信の姿で導き、時に出る助言が妹にとっての金言であったりするそんなイメージである。
鈴子にとっていい終わりかたを迎えそうに思った時、どこかお互いにシンパシーを感じて名前を聞くことになった時、に鈴子の旅行にも変化が起きる。そしてゆきほさんの最後の演奏でそれをより一層落としてほしいと期待する。


3 過ぎた時間の重さと儚さ、認知の外にあった本当の気持ち
このパートでは今までの1と2とはまた違う姿を見せていきたい。
鈴子の母の美貴子と鈴子の友人である雪菜との会話にて見せたいのは「時間」である。
そしてこのパートにおける時間は様々なもので、未来へ進む明るいものから過去の時間。そして止まってしまった時間、その重み、それでいて進み続ける時間とどう接するか、など鈴子とは関係ないところでの時間の経過についての話が進むことになる、またこれも大事な見せ場としたい。
1と2で語った登場人物の支配権は今回どちらにもなく、ここでは可能な限りフラットな印象で進めていきたいが、どうしても三輪さんの方が強くはなってしまうかもしれない。
だがこのパートでは照明のギミックがあるため、そちらも含めてバランスをとっていけたらと考えている。
ここでは先輩母と後輩ママの他愛もない会話が進んでいくが未来ある子供について、そして自立した子供について、そこから鈴子のことである時間が止まってしまった子供について、いろいろなものが語られている中、先輩母がいかに何を考えてこの5年を過ごしたか、当たり前のように歳をとった後輩ママがたどり着いた「母」という役目についてに思いを馳せ、幕を閉じたい。
だが次に続くのは鈴子はここで自信の存在の確信を持つシーンでここでもう一度叩き落としたい。この物語はここからどう進むのか?
疑問を残しつつ、松浦さんの演奏に移動する。



4 真実の探究は結果叶わないということ、それは探究にこそ真理が宿るから
さて物語はついにクライマックスを迎えるわけだが、ここでは今までとはまた違う演出を展開していきたい。
1/10

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