水槽脳
水槽脳

登場人物  ひとみ    ゆかりの娘。中学三年生。
      父(正幸)   ひとみの父。ゆかりの妻。四十代。
      母(ゆかり)  ひとみの母。正幸の妻。四十代。 
      父の友人   正幸の中学からの友人。四十代。    
      救助隊(その他通行人のアンサンブルなど) 一人から五人くらい。                                          
         
『ショッピングセンター』
(母がるんるんと鼻歌を歌いながら歩いている。右腕にはランプの中に入った脳みそがある。母が脳みそに話しかける。)
母 ひとみ!すごいね!ショッピングモールってこんなに広いんだね!何から見る?お洋服?
(母が観客に顔を向ける)
母 え?ちょっと何ジロジロ見てるんですか?何してるのかって、見ればわかるでしょう。娘と買い物です。あ、紹介しますね。娘のひとみです。
(母がランプに入った脳みそを掲げる)
母 うふふ。かわいいでしょう?え?人の姿をしてないじゃないかって?そうですね…でも…ひとみは生きているんです!
(母、脳みそをうっとりと見つめる。)
母 なぜこんなことになってしまったのか…そう、あれは半年前のことでした…

『 半年前、キャンプ場』
ひとみ お母さーん!はやくー!
母 はーい!今いくわねー!……あの日、私とひとみと夫の三人で、キャンプ場に出掛けました。周りにも何人か家族連れがいて、いっしょに魚を釣ったり、テントを張ったりしていました。家族三人で旅行なんて久しぶりだったから、本当に楽しかった…でも、夕暮れが近づき、そろそろ帰ろうとなったとき、ひとみの姿がないことに気がつきました。…ねえあなた、ひとみを見なかった?
父 あれ?さっきまでそこにいたはずだけど。
母 どうしよう?姿を見なくなってからもう、かなり時間が経っている気がするわ。
父 早く探しに行くぞ!
母 ひとみ!!ひとみ!!どこに居るの?
父 ひとみ!!頼むから、返事をしてくれ!!
母 どれだけ探してもひとみは見つかりませんでした。……ひとみ―――!!!
(暗転。霊安室。)
母 ようやくひとみが見つかったのは、二日後の朝でした。
捜索隊 娘さんは川の下流の木の枝に引っかかっていました。
母 ひとみはすでに虫の息で、体の肉を魚に食いちぎられていました。…ひとみ!しっかりして!目を覚まして!お願い!!ひとみ!!ひとみ!!!
(ひとみが死ぬ。母と父が泣き崩れる。しばらくして、母が何かに気づく。父の動きが止まりストップモーション。母の心の中の声が漏れる。)
母 しばらくして、私は気がつきました。ひとみの身体は無残な状態だけど、頭部はそん
なに傷んでいないということに。私は考えました。ひとみの脳を取り出せば、ひとみは生き続けるんじゃないかと。大学院で医学と生物学を学んでいた私は、そんなことを思いつきました。そして私は…ひとみの脳を取り出して、それを保管することにしたのです。
(母、ひとみの顔にかかっている布をめくり、頬を撫でる。)
母 ひとみ…大丈夫よ。お母さんがひとみを元気にしてあげるからね。ひとみとお母さんはずっと一緒よ…
(暗転。暗闇の中ひとみの頭を切断し、脳を取り出す音が響く。)

『新しい生活 』
(水槽に入った脳みそが舞台中央にある)
母 ひとみー元気?今日は暑かったのよ。でも、ここは常に15℃に保っているから涼しいわね。さあ、お腹すいたでしょう?ご飯持ってきたわよ。
(母、水槽に入っている脳みその液体を取り替える。)
母 ひとみ、美味しい?お母さん今日も、ひとみとお話できるようになるために頑張るわね!
(父が実験室にノックして入ってくる。母は脳みそにカバーをかけて隠す。)
父 どうだ?豚の脳みそを保管する実験は?順調かい?
母 まあね。ぼちぼちって感じよ。
父 それはよかった。でも、あんまり根詰めるなよ。
母 分かってるわよ。この実験が成功すれば、あの有名なクレデリー大学で研究するチャンスがつかめるかもしれないのよ。頑張るしかないじゃない。死んだひとみもきっと天国で見守っていてくれるから。
父 そうだな…もう少しで昼ご飯できるから、きりのいいところで終わりにしろよ。
母 はーい。…ひとみの脳を保管していることは、夫には内緒にしていました。人の体の一部を勝手に取り出して実験に使うことは、日本の法律で許されていなかったからです。私は、ひとみの脳が何を考えているのか、意思疎通することは出来ないか、毎日試行錯誤しながら、実験を繰り返していました。

『父の疑い 』
(とある会議室の一室。父が思い悩んでいる。そこに父の友人が入ってくる)
友人 よお!久しぶりだな。
父 ああ。悪いな。忙しいのに呼び出しちまって。
友人 気にすんなよ。中学の時からの仲だろ。お前こそ大丈夫なのか?娘さんが…その…
父 ああ。そのことなんだけど。
友人 うん。
父 俺の嫁がさ、
友人 ああ、ゆかりさんか。娘さんを亡くして、相当気落ちしてるんじゃないか?
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