絶対に立ち上がる。
絶対に立ち上がる。
作・木漏れ日
登場人物
しん
姉ちゃん
雪
1
しん まあ、やりたいわけじゃないけど、できないこともない、という塩梅のことを仕事にしておくのがいいと思う。
そうすれば心と体力に余裕を持って、仕事以外の時間を充実させるために活動ができるからだ。
つまり、趣味で生きがいを満たすということが、ほんとうに健康的な生活の送り方だと、僕は結論づけた。ただ、まあ、僕には趣味がない。
いや正確には、趣味というか熱中できるものが確かに僕にはあったはずなんだけど、それがなんなのか忘れてしまったんだ。
でもそれを思い出すチャンスなんじゃないかと思える出来事が今朝、あった。
一本のビデオテープを取り出す。
しん これだ。これが僕の部屋の押し入れに格納してある棚の真ん中の引き出しの奥の方に。子供の頃の服とかの下から出てきたんです。
雪 何を探すって?
しん 僕のやりたいことだよ。
雪 それがそのテープの中にあるの?
しん うんきっと。行ってくるよ。
雪 どこに?
しん ないから、再生するやつが。ウミエ電気に。
人々は仮面をつけていて、顔は見えない。
しん すみません。
店員 いらっしゃいませぇ。
しん あの、すみません。これなんですけど。
店員 あー、これうちないですね。
しん あの、そうじゃなくて、これを再生できる…
店員 あー、だからないですね。再生できる機器は。
しん ああ…
店員 あ、
しん 取り寄せみたいな。
店員 えーと、少々お待ちくだ…2週間くらいかかりますけど。
しん 2週間!?
店員 ええ。
しん 町の電気屋に入ってみることにした。よく前は通るけど、入ったことがない。
おばさん そこ閉まってるますよ。
しん 閉まってました。じゃあ…あ、そうだ。リサイクルショップだ。リサイクルショップに行きます。
お兄さん ビデオデッキね…ありますよー。
しん あ、ありますか!
お兄さん あちらですねー。
しん あ、あちらね。どうも。
しん、あちらの方へ行って探しみるが、見つけられない。
しん あー、えーっと?
お兄さん (姿勢を正して携帯をいじっている)
しん なんなんだあれは、一体。明らかに客の目に入るところにいるのに、携帯をいじっている。
まあ別にそれはいいんだが、なぜあんなに綺麗な姿勢で携帯をいじっているんだろう。別に背筋を正していたら携帯をいじっていいわけではないと思う。ただ姿勢を崩さないことで「今一瞬だけ携帯を触っているだけで、周囲の状況に気を配っているし、モードとしては全然仕事モードですよ、とアピールしているのだろう、つまり注意を受けないために取っているポーズなのだ。なんなら業務の一環として携帯を触っていますよ、と言わんばかりの姿勢である。
けどどう考えても納得いかない。現に今僕は適当に案内された商品を見つけられずに困っている。ありありと困っている。なのにお兄さんは姿勢を正して携帯をいじっている。じゃああの背筋は一体なんのために伸びているのだろうか。早く気づいてほしい。気付いて…自分から声をかければいいじゃないかということは、わかっている。けど、もうしばらくこうやって一人で探しているから、なんだか声をかけてしまうと、自力で商品を探すことをギブアップしてしまった感が出てしまうのではないかと思って恥ずかしいのだ。
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