ティラミスは劇薬か媚薬か 第3話その1
スモークイージー
スモークイージー
「続いてのニュースです。以前より検討されてきた全国禁煙令でありますが、いよいよ施行される模様です。またこれに伴い、喫煙者の精神ケアを目的とした「脱煙の会」が組織されるという情報が入りました。現政権に移ってから国民の支持率は低迷する一方でしたが、この新法令が可決されたとあって、少しずつ好感を持たれ始めた印象です。しかし一部では『禁煙令は殆ど公平な議論がなされないまま可決されたもので、云わば独断に近い政策である。喫煙者が減ってきたとはいえ依存性があり長く人々と密着してきた嗜好品を引き剝がすとなると、その分持て余した喫煙欲求は反社会的勢力の財源になる』また『自己満足のための短絡的な機嫌取りに過ぎない』と、厳しい批判も寄せられているようです。以上、最新の真実をあなたに、ゴマスリステーションがお伝え致しました。」
床屋「ジージー」にいた面々が揃ってため息を吐(つ)いた。
「全く勘弁してほしいモンだよ。なぁ、お客さん」
「ですな、こりゃあ本格的に施行されちまう前に吸いまくっておかないと」
「アンのクソじじい、余計な決断だけは急ぐんだ…………チッ、なんだよ『脱煙の会』って。馬鹿野郎のくせに、自分のポケットのことだけにはやたら気が回るんだ」
ふと、中年サラリーマンのひとりが疑問を吐露(とろ)する。
「そういえばタバコってよ、あれタバコの実際の値段より税金の割合のほうがずっと高くなったよな。まぁ俺たちはそれを買い続けてきたんだけどさ……その税金の塊が無くなった後どうするんだ?まさか他のいらん税金を削るような奴等とも思えんし」
店内の空気がさらに暗くなってしまった。
「ニュースでも言ってたけど、あーいう嗜好品をいきなり全面禁止ってするとヤクザやギャングが違法煙草屋とか始めちゃうんじゃない?ほら、昔のシカゴみたいに」
「はははっ、その可能性は“アル・カモネ”ってか」
ひとり俺の隣の席で、オジサンのジョークを聞いて何か考え出した初老の男がいた。
「アンタ確か待ち時間はいつもタバコ吸ってたよな……なんだ、カポネがどうかしたのか」
「ん……あ、いや……」
「俺は薫、オッチャンは?」
「……佐々木 藤治(ふじよし)」
ジージーを出て自販機でタバコを買いに行った俺は、ある珍妙そうな噂を聞いた。
「なぁ知ってるか?このあたりにできた新しい店。確か『スモークイージー』とかいう……」
「まぁ、名前を聞いたことならあるけど。いったい何の店なんだ?中が見えないからどんな店か見当もつかないよ」
「美鶴、君もテーブルで飲まないか?」
「何カッコつけてるの、ココは全席無料ですヨ」
美鶴はグラスを拭き終わらせて、どの酒を飲もうかと選んでいる。俺は葉巻の吸い口を切ると、ロウマッチをブーツでこすって火をつけた。ソファにもたれて上を向き、煙を吐く。目を瞑り、スゥ……と全身で充足を感じる。
「——フフフ、『スモークイージー』だなんて、警察もだいぶ舐められたものね。これじゃまるっきり20年代の違法酒屋(スピークイージー)と同じじゃないの」
「あぁ、もしかしたらすでに買収が始まってるんだろうな」
「『さらば自由と放埓(ほうらつ)の日々よ』……もといその真逆の時代がやってくるのね」
そして数日後、遂に……
「『嗜好目的といっても著しく健康を害し、またその為に他者の健康を脅かす煙草類は嗜好・娯楽の域を逸脱していると解し、この法をして煙草の購入・喫煙を禁ずる。しかし本法の施行以前に購入していた煙草の保持・喫煙については刑罰の対象外とする。』か…………ん、まてよ?」
男は新聞を手放すと、急いで電話のダイヤルを回し始めた。
『火のない所に煙は立たぬ』……一度燃え上がった焔(ほむら)は、それと同じ位厄介な煙を吹かし広げる。さりとてどんな大事であっても、どんな煙であっても、何(いづ)れも風に吹かれて薄れゆく始末だ。
「ホントに大丈夫なのか?こんなおチビが、もう暗くなってきたぞ?」
「大丈夫。父ちゃんいつもこの時間に駅から帰ってくるんだ。それよりあの高台に上ろうよ。ビル街の景色がすごいキレイなんだよ」
このチビっ子たちは、公園で遊んでいたところ遠目から俺を男と勘違いして、一緒に野球ごっこしようよと誘ってきたのだ。ここらは都市部に近いが少し距離が違えばガラリと変わった景観を見せる。ここは大都市と言っても貧富の差がないことはない。潤い切った湖ではなく、清濁様々な営みの波がごった返す、まさに渦中。
「ここが丘で一番高いよ!ホラ来て来て」
「ま、待って……ハァ」
「まったく、タバコなんて吸うから……置いてくわよ?」
「そーゆう美鶴チャンは……なんでそんなスタスタ歩けるノ?……し、しんどい……」
「着いたよ、ホラ早く見てよ」
「おチビ……なんちゅう体力…………ん」
「ほら見て見て、遠くから見るとまるで宇宙みたいでしょ?」
「あぁ…………まるで宇宙空間だ」
その人造の小宇宙は、どう言うべきなのか……また独自の引力を持っている。この地球上にあって、「俺たちが太陽だ」と主張する、歪(いびつ)なギャップのような、なにか。
俺たちの先を行くおチビが語った。
「ボクの産まれる前にね、この町は大火事に遭ったんだって。いっぱいあった家はほとんど燃えちゃったんだ。」
かつて文化の要の一つとしてもてはやされた木造建築の郡(こおり)があった。が、いい加減利潤追求と効率の時代について行けず、過疎と町密着のヤクザと老人ばかりが増えてしまった。
「カイタクって言ってね、新しい土地を目指して猛スピードで家を建てるんだ。」
領地を急速に広げる為、資材運搬用のインフラは大雑把に整備された。激務続きでストレスの癒えない業者と依頼主との仲を取り持つ(交渉人)ネゴシエーターが現れ、後に隆盛を誇るギャングとして発達する。大火事の原因はハッキリしていない。単に天候が災いして倒れたランプが……という説から、土地の再開発の為に焼き払ったという陰謀論じみたトンデモ説まで、いろいろある。
「おチビ、あの建物は?」
煌(きら)びやかな町の中に、地味ながら巨大な、大工場より更に二回りほどデカい建物があった。
「さぁ、ここ数年間で建造されたらしいけど、何かの工場かな?」
「ちょっとした城ね」
「ことあるごとに首突っ込んで、俺たちゴシップ好きのおばちゃんみたいだな」
俺はジージーの常連でありヘビースモーカーの資産家、佐々木藤治が興味深い所に入って行くのを発見した。
「これはこれは……薫、あそこは件の大工場じゃないの?」
「フッフッフ、ダブルスーツのミスターがあんな所に何の用だ?」
横に広がる駐車場を一瞥(いちべつ)して、佐々木を尾行する。スタッフ達は俺たちや佐々木に気づいているが、どうしてか警戒している様子はない。塀の中、外からでは気づかない日陰のドアの前で彼が止まった。覗き窓に向かって小声で話している。
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