天狗幻想
天狗幻想
【私】性別不問、語り手
私:私の住むところは、山に囲まれたところです。
私:庭の植木、そのまた隣の庭の植木、木々の梢の重なっている向こうには、いつもたたなづく青い山が見えています。
私:山さえ見れば、私は、山の一番上に生えている楓の木。そこに立っている天狗のことを考えます。
私:下駄の一本歯を木の頂点に据え——他の天狗はいざ知らず、私の天狗は粋な一本歯の下駄を履いています。
私:真っ白の、山伏か童子かというようなふっくらした衣を着、赤い顔に豊かな巻き髪のかかって、山の風を一身に受けているようなその涼しい姿をおもうと、私まで涼しくなるような気がします。
私:これは秘密の話ですが、楓の木から降りてくる、あの羽のついた種。あれは天狗の落としだね、なのです。
私:私の天狗は——祖母が話していた天狗のことですが——翼などは持っておらず、飛び回りもしません。生まれた時から楓の木の頂に立ち、ただ守っているのです。木守りの類の、木の精とも言うべき、そんなものが私の天狗です。
私:そういえば、これも祖母が言っていたのですが。秘密の話は、話すより書くのが良いそうです。
私:祖母に言わせれば、話すことは口から出ることで、書くことは文字という箱にしまい込むことです。ですから書くことで封じ込めるというような意味があるそうです。ですから、どうしても言いたい秘密があるような時は、あの王様の耳はロバの耳と穴に叫んだ床屋のような、あんな苦労をしなくたってね。あなただけが見るノートに書くのが良いようですよ。
私:さて、天狗の秘密の話ですが(秘密の話だから書いて教えます。誰にも言わないでね)秋に山を歩いて楓の葉の日にすけている色々のいろを見上げて歩く人はいても、羽の生えたあの種が足元に降りてきたとき、それを拾って持ち帰る人はなかなかいないでしょう。
私:今度ね、楓の種があなたの足元に落ちてきたら、あなた。あなたの庭に持ち帰り、そっと土の上に置いてごらんなさい。そうすると、そこから芽生えた 楓の木は天狗の棲み家となります。そこに生まれた天狗は、下駄の一本歯でもって木の頂に佇み、見守り、あなたとあなたの家を守るでしょう。
私:家を守ると言いましたら、ヤモリというのがいますでしょう。あれは棲み家を見つけられなかった天狗の成れの果てです。私の家には、ヤモリがたくさんいます。これも秘密の話ですよ。彼らは電燈の辺りに座って、そこへ飛び込む蛾を美味しそうに食べています。
私:じっと立つ天狗なのか、跳ね回るヤモリか、彼らの本当の形、元の元の形というのは一体どちらなのでしょう。私は知りません。
私:さっき偉そうに言った割に、私の家には楓の木はありません。本当は落としだねを持ち帰って立派な棲み家にしたかったのですよ。でも天狗を招くには少し庭が狭すぎると思ったからです。その代わり、門のところに近所のヤモリがみんな集まるような良い電燈があります。もりもりと蛾を頬張る彼らをみていると、私もごはんが食べたくなります。
私:ですから、天狗ほど心強くないけれど、なんだか守られているのでしょうね��
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