物思いの喜劇
『物思いの喜劇』
作:清野 和也


◎登場人物
白樺 山子  (女/白樺家長女)
白樺 しゃくなげ(女/白樺家次女)
白樺 あづま (女/白樺家三女)
白樺 たら子 (女/白樺家四女)
白樺 一久  (男/声のみ/白樺家長男)
ワコ       (男/心中未遂をした男性)
島田 中吉  (男/白樺家近所の男性)
桐谷 銀次郎 (男/借金取り)


    大正十二年(1923年)八月三十一日。吾妻山の麓にある信夫郡佐倉村(さくらむら)。かつては豪農だった白樺家の室内。馬と人が同じ屋根の下で暮らす馬屋中門(ちゅうもん)造り。馬屋が玄関から入ってすぐの左手側にあるが、そこに馬の姿は無い。
    この家には四人の姉妹と一人の長男が住んでいる。彼らの両親はすでに死去。長男一久は、病に伏せており、この家の切り盛りはすべて長女の山子が担っている。豪農だった時代の財産は父親が博打でほとんどを散財。一久の薬代などが家計を圧迫し、借金を抱えている。

    八月下旬だというのにうだるような暑さで、蝉の声すらおとなしい日。白樺家三女で女学生のあづまが幼馴染の中吉を連れ、玄関から入ってくる。


中吉   あづまちゃん、本当に入って良いの?
あづま   この時間誰もいないから。
中吉   でも、
あづま   覚悟してよね、中吉ちゃん。今日逃したら終わりかもしれないんだから。
中吉   だからそれどういうこと?
あづま   待った、黙って! (普段無いはずの履物を見て)いる(・・)な。
中吉   え、帰ったほうがいいよね?
あづま   隠れて!
中吉   え、いいよ、帰るって。
あづま   一生! 一生後悔するよ!
中吉   …解った…。

  あづま、中吉が隠れたのを確認して

あづま   (大きな声で)ただいま帰りましたー!!
山子   (奥の部屋から出てきて)あづま、おかえりなさい。
あづま   山姉さん、今日仕事じゃなかったの?
山子   それどころじゃなくてね、
あづま   兄(あに)様?悪いの?
山子   兄様は、いつもどおり。つまり悪い
あづま   あ、桐谷が来る日だっけ?
山子   それもある。
あづま   返せるお金あるの?
山子   無い。そんなことより、
あづま   そんなことって。この家もとられちゃうんじゃないの? いい加減、
山子   いいから!あづま、こっちに来て座りなさい。大切な話があります。
あづま   はいはい。
山子   早く来なさい!
あづま   はーい。
山子   走るな!家が壊れます。
あづま   引っ越そうよ、いい加減に。
山子   どこにそんなお金があるんですか。この家すらとられそうなのに、
あづま   たらちゃん、拾ってこないかな。大金持ちの成金(なりきん)のひと。
山子   馬鹿なこと言って、
あづま   今朝お願いしてみたのよ、成金拾ってきてって。ほんと、なんでもかんでも拾ってくるからさあ…。たまには山姉叱ってよね。
山子   たら子ったら偉いのよ。本当にひとが大切にしてそうなモノはちゃんと先生に渡すの。誰も要らなそうなものだけ拾ってくるの。
あづま   そんなものはウチでもいらないの。
山子   あれもこれもそれもたら子が拾ってきたものよ。
あづま   だから貧乏神が出ていかないんだって!
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