「世界最後のチョコレートケーキ」
客入れ「スタンドバイミー」
 
 「世界最後のチョコレートケーキ」
 
 松田雄介 高校二年 男子   
 伊上大一 高校二年 男子   
 小沢 叶 高校二年 女子   
 阿形響子 高校二年 女子   
 響子の父           
 
 響子と父のシルエット
 父 「3、2、1、ハイ」
 
 父 「3、2、1、ハイ!」
 
 父 「さっさと弾く! 3、2、1、ハイ! …だからおれがやった通りに弾けばいいんだよ。わかるね? 響子はおれを挑発しているのかな? おれが弾いた通りに弾くように言ったのに、全然違うじゃないか。わざと違うように弾いて、おれをイライラさせているのかな? 違う? 違うんだ。だったら、おれと同じように弾いてくれるよね。次こそはたのむよ。3、2、1、ハイ!」
 
 一場 二月十一日 放課後の教室
 雄介、大一、叶、響子板付き。
 
 雄介「あーっ、やっと終わったぁぁ」
 叶 「毎日そんなこと言ってるのね」
 雄介「祝日の補講なんてそんなもんだ」
 叶 「平日だって似たようなことを言ってるくせに」
 大一「雄介にとっては毎日が、授業中ずーっと我慢して、放課後。家に帰って次の日学校に来て、授業中ずーっと我慢して放課後。の、えんえんの繰り返しなんだよな」
 雄介「進学しても就職しても変わらないだろうなあ」
 叶 「一生それを繰り返すの? つまんない男だねえ」
 雄介「世界の終わりでも来ない限りはそうだと思うよ」
 大一「じゃあ、世界の終わりが来たらどうするんだよ」
 雄介「とりあえず、授業をさぼるかな」
 大一「それで、空いた時間は何するんだ」
 雄介「うーん、ゲームして好きなキャラを集めるとか」
 大一「つまらないことを言うなあ」
 雄介「ならおまえだったら何をするんだよ」
 大一「チョコレートケーキを食べる」
 雄介「それだってつまらないだろうが」
 大一「ただのチョコレートケーキじゃないぞ」
 雄介「どんなケーキだよ」
 大一「おまえが作ったチョコレートケーキだ。おまえ、菓子づくりの腕は最強だよな。あの、ふわっふわのスポンジ。まるで雲の上にでもいるような気持ちにさせられる。あれを家庭用のオーブンで焼き上げるって、どんなやり方してるんだ」
 雄介「レシピどおりに、フツーに焼いているだけだ」
 大一「それであのチョコレートクリーム! 市販の板チョコを湯煎で溶いて作ったってウソだろ。実はアフリカに電話してカカオを輸入してるんじゃないか?」
 雄介「そんなこと高校生に、いや個人でできることじゃないだろ」
 大一「あのクリームが、甘すぎず苦すぎず、ちょうどいいんだ! フォークで一センチくらいに切って、口の中に入れると同時に控えめな甘さとほろ苦さと幸せそのものがじわじわ広がっていく! あのケーキなら、いっぺんにワンホールでも食べられるぞ!」
 雄介「気持ちの悪いことを言うな!」
 叶 「気持ち悪いとか言わないの! 大一はあんたと違って食レポがうまいんだよ!」
    叶、大一にしがみつく。雄介、面白くなさそう。気を取り直したかのように言う。
 雄介「…もし叶なら、世界最後の日には何をする?」
 叶 「(ビクッとして)な、な、な…、何を女の子の秘密を暴こうとしてんのよ! この変態!」
    空気が一気に白ける。
 雄介「(動揺して)悪かったよ…」
   雄介、退場。叶、雄介が退場したことを確認して、大一からパっと飛びのく。
 大一「叶」
 叶 「なに」
 大一「好きな男の子をいじめるのって楽しいか?」
 叶 「何言ってるの! …苦しいに決まってるじゃん!」
 大一「そうなのか? おまえのことだから、目の前でほかの男とべたべたされて、雄介の顔が嫉妬のあまりゆがんでいくのを見て、ゾクゾクしてるとばかり…」
 叶 「わたしはそこまで性格が悪くない!」
 大一「おまえ、小学生のころ、やたらとちょっかいをかけてくる男子とかいなかったか?」
 叶 「いたよ」
 大一「そのころ、そういうことをされるのが本気でいやだったんじゃないか?」
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