某写真グラムに物申す
『某写真グラムに物申す』
好きなこと、写真を撮ること。幼い頃になにかの付録についてきたちゃちいフィルムカメラ、それが俺の始まりだった。
現像してみるまで何が出てくるか分からなくて、ブレてたり真っ暗だったり、それでもいい感じに撮れてると父さんが褒めてくれた。
そこからは安いデジカメを触ってみたり、お年玉を貯めてミラーレスを買ってみたり、高校生になった今ではバイト代で念願の一眼レフを手に入れた。性能も機能も色々違うけど、どれも俺の宝物だ。
だが2年になった今、そんな俺の生活を脅かす存在が現れた。
……Instagram、というやつだ。
照明変化
去年から入っている写真部、部員はコンペ常連の3年生と俺だけ。ここではいくらでもカメラの話が出来たし、古いけど小さな暗室があってフィルムの現像もできた。写真屋に頼むのではなく、自分の手で印画紙の上に鮮やかな絵が浮かび上がってきたときはめちゃくちゃ興奮した。
…それが先輩たちが卒業して、今年になってみたらどうだ。
なんか如何にも部活とかめんどくさーいって感じのキャピキャピした新入生の女子数人が入ってきた。自分で言うのもあれだけどなんでこんな地味代表みたいな部活に入るんだ?こうなんかあれだろ、3人超えてるんだからタピオカ部とかスタバ部とか作れば良かったじゃないか。そんなことを俺が面と向かって後輩女子たちに言える訳もなく、まさに数の暴力、あれよあれよという間に俺の写真部は占拠された。
女子たちは常にスマホを片手に購買のリプトンやらいちごミルクやらを飲んでいる。中央の大きなテーブルは占拠され、壁にはなにやらポップな配色の布やらリボンやら…なんだこれ、旗?三角の旗。とにかく女子高生好みの飾りがたくさん。そしておもむろにスマホを構えて、その小洒落た壁を背景にパシャパシャと撮りまくるのだ。それはもう何枚も。
最初はこう、物撮りでもしたくて布を持ってきたのかなとか、手軽なスマホ派なのかなとか思っていたがどうやらそういう訳でもないらしい。いや良いんだ、別にスマホで撮ることは否定しない。本格的なカメラを買うには金がかかるし、今時のスマホはそこらのデジカメよりよっぽど性能が良い。別にそこに文句はない。
……ただ、ただな?そのアプリがいつまで経っても俺にはまっったく理解できない、そう、Instagram。
女子たちはいつも何枚か撮った後にスマホをなにやらいじっているから、ある時ふと聞いてみた。それは何をしてるんだと。
『えー先輩インスタ知らないんですかぁ』と大袈裟に驚きながら見せられたのはSNSの画面。彼女が言うには「写真を上げるならここ」らしい。なるほど俺が疎いだけでそういう交流の場があるのかと思い、物は試しと早速ダウンロードしてみた。
回想(?)
モノローグより時系列が前。
「アプリってことはスマホ撮影がメインなんかな………あでも結構綺麗だな へーこんなふうに撮れるんだ」
「カメラで撮ったっぽい人もいるな…これとかフィルムカメラだ…ふーん…………このコメントのとこにシャープなに?『Instagram シャープ なに』(検索する)」
「あーハッシュタグ なるほどなるほど 撮ったものとか場所とかつけてね ジャンルで検索できるわけだなるほど…お?『#ファインダー越しの私の世界』………これカメラで撮ってる人たちのハッシュタグみたいなこと?面白そう」
そのタグを開いた俺は仰天した、なんだこれは。ギラギラにエフェクトをかけた写真、どこぞのアイドルの露骨なグラビア、いやこれに至っては動画だからファインダー関係ねえしなんなのこれ???いやいやいやこの投稿なんてコメントに堂々と『撮影:iPhone11』…タピオカカメラじゃねえかよおい!!ちょっと待て待てInstagramって全部こんなんか???
いやまあそんなこと言ったってごく一部でしょ……うんそうだ一部だけ見て文句を言うのは良くない色々調べてみるかうん。(検索する)
…へえ~…なにこれ綺麗な写真…天使の羽根か?あ~壁の絵を背景に撮ってるんだ、おもしろいな~
……オススメコーデ?いやそういうのはどうでもいい (スワイプ)
うわっ虹色のクリーム インスタ映えってやつかこれ(スワイプ)
ん?また天使の羽根だ
これも天使の羽根
んん???まーた天使の羽根 なんでみんな同じ背景なの?
……あっこの人構図面白いな………プロフィール飛んでみよ…ん?あれ?投稿が1枚しかない…なんだこの虹色に光ってるの いや写真は載せてないんかいッッ!!!!!!
うん…普通の写真もあるけど……えっなにこれ彩度高……いやレタッチも技術の1つだけどこれはやりすぎじゃない??いやもうわかんねえよInstagram…ハッシュタグで会話すんな…あああ~~~また天使の羽根ッ!!!!!!……俺がやりたいのはこんなんじゃねえ……あーなんか探すの疲れてきた わかんねえよInstagram……
  照明変化
とにかくついていけなかった。次の日『先輩ダウンロードしましたか?じゃあストーリーいっしょに載せましょ』などと言われ困惑している間にスマホを構える後輩1、呆然とする俺の横で手を振ったりキメ顔を作っている後輩2と3、またたく間にその10秒ほどの動画はその手でSNSの海に流された。えっなに今何が起こったの??見せてもらうとなんか白いキラキラつぶつぶしたやつが顔にかかっている。怖。なにこれ。怖いって女子。わかんないって女子。
『このフィルターめっちゃ盛れるんですよね〜』『えーわかる!!!』などと盛り上がっている。わからん。
そこからはもう、俺は部室の端に追いやられるばかり。新年度が始まってはや2ヶ月、女子たちはティアラやら造花やら小道具を買ってきては部室に積み上げていく。撮影用ですと言えば目をつけられないのが写真部。これが狙いか。だがしかし俺はまだ2年、卒業するまでこのままやられている訳にはいけない、打倒キラキラJK、打倒Instagram。
とはいえ実際に行動に移せることもなく、俺は黙々と写真を撮り続けた。まあ部室がなくても写真は撮れる。どんどんと狭くなっていく部室内の俺のスペースを死守するべく、壁の一角に写真を貼っていった。(写真をちまちま貼りながら喋ってほしい)
そんなある日。『えーこれめっちゃ映えてるんですけど〜』と言いながら目の前に突き出される俺の写真。急になにかと思えば、女子たちは「映えてる」写真を撮れる俺に自分の写真を撮って欲しいという。いやいやそんな義理ねえし………と思ったけど、そういえばまともなポートレートは撮ったことがない。小さい頃に家族の写真を撮ったことはあるけれど、そのくらいだ。なるほど新しい発見があるかもしれない、そう思ってその頼みを引き受けることにした。
    カメラを構え、ファインダーを覗きながら動く。
今は紫陽花が見頃だ、中庭で女子たちが花と戯れながらポーズを決めている。韓国のアイドルだかが考えだして流行っているポーズらしい。インフルエンサーってやつか。よくわからない動きをファインダー越しに覗いてシャッターチャンスを待つ。うーんちょっとカメラ目線すぎるな…いやそんなガチガチじゃなくてもっと自然体の……これじゃないな……あーもう少し近づいて……そう、その表情!
画面を切りかえて、今撮れたばかりの写真を見る。うん、我ながら良い出来だ。『えーーなにこれモデルみたい!インスタのアイコンにしていいですか〜?』とのお言葉をいただいた。俺が満足しているともっと撮れと急かされる。斜め下から撮って、もっと離して、今度は後ろ姿。ファインダーも覗いていない、自撮り画面を見ているわけでもないのにスラスラと要望が飛んでくる。言われるがままに撮ってみると、なるほど確かに『盛れてる』のかもしれない。『やば〜この角度めっちゃ良き』女子たちはご満悦のようだ。
…………そうか、もしかして。俺が構図にこだわって、光の向きを気にして、その一瞬を捉えるのと同じなのか?同じように自分たちがいちばんよく見える瞬間を、被写体が輝く瞬間を切り取っているのか。それが彼女たちにとって盛れるということであり、自分の理想に近付けるためにフィルターをかけるのか?
そう思うとInstagramもそんなに悪くないかもしれない。形は違えど同じように写真で表現をしているのかもしれない。なんだ、俺が目くじらを立てていただけでそんなにふざけたアプリじゃないかもな……。そもそもカメラだって時代で形を変えていって、フィルム撮影だって今はほとんど無くなってるし…ふむ、世の中は変わっていくものだよな。俺の勉強不足だった。
それならもう少し今時の文化ってやつを見てみようじゃないか、新しい被写体だって見つかるかもしれないし。なあ、最近は何を撮るのが流行ってるんだ?え?TikTok?なんだそれ………
………いや動画じゃねえか!!!!!��
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