拝啓 姿の変わらぬ友人へ
ナレーション とある植物園の一角。ここに住んでいるのはハナミズキの妖精 コーナス、紫陽花の妖精 ハイド、ススキの妖精 ミスカ、椿の妖精 キャメリア。彼らは1年に一度、本体の植物の季節にだけ目を覚まし、その季節が終わると眠りにつきます。そして本体が寿命を迎えると、彼らは記憶を失ってしまいます。そんな彼らを繋ぐ一冊の日記帳のお話。
(ウグイスの声)
コーナス (起きる)もう起きる時間かぁ…。おはよ、ウグイスさん。今年は2024年か…。
(日記を開く)あ、よかった…。ちゃんとキャメリアさんの書いてある。
(読み:コーナス)
『2023年、冬。今年は200年近く生きてきた中で1番雪が少ない冬でした。銀世界を見るのが某《それがし》の数少ない楽しみですが、その日数もだいぶ減ってしまいました。職員さんの話を聞く限り、暖冬とやらは某がいった後らしい。地球温暖化とやらのせいでいつか雪も降らなくなってしまうのだろうか。
某の残り少ない命を一輪の花弁で数えられるようになってから、起きている時間がとても短く感じます。あと1回しか起きられないと思うと寂しいです。でもそれが運命というもの。また来年。おやすみ。キャメリアより。』
コーナス やっぱり今年か…。寂しくなるなぁ。ちゃんと書かなきゃだね。
(日記を書く)
コーナス …よし。私《わたくし》ももう長くないからねぇ。でもやっぱり寂しいなぁ…。ああ、もう寝ないとね。おやすみ。
(寝る)
(セミの声)
ハイド (起きる)ん〜(伸び)。お、今年はミンミンゼミか、おはようさん。…あれ?今年…だっけか。…だよな、そうだよな。ほんと物忘れひどくなったなぁ。んー去年ってこんなに暑かったっけか。俺が生まれた時はもっと涼しかったはずなんだけどなぁ。(日記を開く)っと…コーナス姉さんは…よかった。相変わらずキレイな字してるな。
(読み:ハイド)
『2024年、春。今年の春は雪解けが早く、暖かいというより暑い春でした。水遊びする子ども達が多かった気がします。花も虫も鳥もここ数年の気候には驚かされているはずです。
話は変わりますが、今年は私にとって人生で1番大切にしたい年です。今年は大切な文友を同時に3人見送ることになります。今まで、1年で多くて2人だったのに、今年はキャメリアさんもいってしまいます。とても寂しいですが春は出逢いの季節であり、別れの季節。しょうがないことなのです。それが私たち植物なのですから。感謝と幸福を去りゆくあなたへ。コーナスより。』
ハイド そっか、今年は3人なんだな…。キャメリア兄さんとコーナス姉さんには世話になったなー。ミスカも大人になったと思えばすぐ変わってしまうからな。…よし、書くか。
(日記を書く)
ハイド …これでいいかな。次の俺も、日記、続けてくれよ。…もうこんな時間か。じゃあな、おやすみ。
(寝る)
(マツムシの声)
ミスカ (起きる)おはよぉ〜。よく寝た〜。マツムシさんもお月様もおはよぉ〜。えーっと今は…(指折り数える)2024年!あっ、じゃあ私が日記書くの最後かー。てことはもうお兄ちゃんとお姉ちゃんとお別れかぁ。(日記を開く)ハイドお兄ちゃんのは…あった。んーっと、
(読み:ミスカ)
『2024年、夏。親愛なる文友《ぶんゆう》へ。今年は去年よりさらに暑かったらしい。ほとんどの枝が入れ替わってしまって、もう去年の記憶すら曖昧になってきてしまった。梅雨があるのかないのか分からない夏で、雨の冷たさがとても心地よかった。
気づけば今年が俺の最後の夏。この4人で日記を書くのもこれが最後。』
ミスカ えっ、そうなの!?(ページを見返す)本当だ…コーナスお姉ちゃん以外は今年なんだ…。
(読み:ミスカ)
『10年とは短いものだ。10年の間でこんなに世界の変化を感じるのだから、コーナス姉さんとキャメリア兄さんは俺よりもっとそれを感じているのだろうな。ミスカは俺より短いけど彼女なりに移り変わりを感じていることだろう。交わることのできぬ文友へ、これからも、変わらぬ辛抱強い愛情を、永遠に。ハイドより。』
ミスカ 移り変わりかー。前の私はなんて書いてるのかな…。へー、ここ数年は秋なのに暑い日が多かったんだー。確かにちょっと暑いかも。でも寒い時は寒いなー。もっと昔の私はなんて書いてるかなー?…あ、もうこんな時間!早く書かなきゃ!!
(日記を書く)
ミスカ できたー!ちょっとは字上手くなったかなー?ふわぁ〜。眠くなってきた〜。じゃあ、みんなおやすみ!またね!
(寝る)
(雪かきの音)
キャメリア (起きる)そっか、起きる時間か…。職員さんも相変わらず早起きだなぁ。…遂に今年が最後か。(日記を開く)…よかったみんな書いてくれてる。ミスカも随分字が上手になったなぁ。
(読み:キャメリア)
『2024年、秋。今年は寒暖差がすごくて、職員さんたちのお洋服がコロコロ変わってたよ。お月様は変わらず毎日きれいで、いつかお兄ちゃんとお姉ちゃんにも秋のお月様みてほしいなぁ。
今日、100年前の私の日記を読んでみたの。100年前の私もみんなに秋のお月様みてほしいって言ってた。2年しか生きられない私だけど、私はずっと私なんだなって思った!でもね、今年の私は今までと少し違うの!身長の最高記録更新したんだ!もーっと大きくなっていつかお月様のところに行くんだー!次の私ともいっぱいお話ししてね!おやすみ!ミスカより。』
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