盥の水が温むまで
盥の水が温むまで
作:阿井あね
【登場人物】
代永千世子:空想癖のある内向的な女の子。表情に乏しい。文芸同好会の会長で高校二年生。性別変更するなら代永世一に。
魔法使い:千世子の空想世界の住人。千世子の意見を聞いてくれる。
黒子猫:千世子の空想世界の住人。魔法使いの手下で、いたずらと人形遊びが好き。いつも人形やぬいぐるみを持っている。
増田あやね:千世子の友達。千世子のことはちよちゃんと呼ぶ。もともと一軍にいたが、派手なノリについて行けず、孤高のソリストの座に寝そべっていた千世子に近づく。性別変更するなら増田彩人に。
長谷川幸太郎:あやねのクラスメイトで千世子の中学の同級生。野球部。性別変更するならソフト部の長谷川みゆきに。
アンサンブル 千世子の空想世界の住人、クラスメイト、ほか。
【用語解説】
文芸同好会:千世子の所属する校内の団体。部員は一応五人いるが、千世子以外は本業の部活で忙しいため幽霊部員。俳句甲子園の時期だけ顔を見せる。顧問は国語教師だが放任主義。活動場所は国語準備室。
「ふたごの騎士と青の森」:千世子が一年の時に書いた中編小説。コンクールに出すでもなく趣味で書いたもの。
舞台は九月。国語準備室。
前日譚
(子どもの頃の千世子)
黒子猫 オレの名前は黒子猫。黒子で猫で子猫なのさぁ。にゃあお。ほい来た。次はお前。
魔法使い 私は魔法使い。名前はまだない魔法使い。お好きに呼んで。さぁそれがしの名前は?
千世子 ……。
黒子猫 オレの名前は黒子猫。キャプテン、あんたの名前は?
魔法使い あなたの名前は数字の千に世の中の子どもと書いて千世子。名前の由来は何だったかしら。あちきに教えておくんなんし。
千世子 ……き、きけ、き、聞けないよ。
黒子猫 「いい加減にしてくれ!」「やめてよ!千世子が起きるでしょう!」「そうやってなんでもかんでも千世子のためにすり替えて!お前の言葉を千世子の言葉にするな!」「あなたこそあんな虐待まがいの教え方!」「あれくらいしないと覚えないだろう!」「もうやめて!」(以下、夫婦喧嘩を続ける)
魔法使い 千世子。
千世子 ……お、おれの名前、は、く、黒子猫。黒子で猫で、子猫なのさ。にゃあお。ほい来た。次はお前。私は魔法使い。名前はまだない魔法使い。お好きに呼んで。さぁそれがしの名前は?
魔法使い ……もう寝てしまいましょう。千世子。耳を塞いで。目を閉じて。楽しいお話を。
千世子 ……む、むむむ、昔、むかっ、昔。
魔法使い そうそう。(千世子にぬいぐるみを渡す)続きは?
千世子 (ぬいぐるみを喋らせるように)むかし、むかし、或るところに、
黒子猫 「うるさい!お前は僕が嫌いなんだろう!」「あなただって私が嫌いでしょう!?」
千世子 ち、ちち、ちがう、違うっ、かも。や、や、やり直しても、い、いい?
魔法使い ええ、どうぞ。
黒子猫 「千世子ももう十一になります。もうなにもわからない子供じゃない。」「まだ子供だ!わからないに決まっている」「そんなことない」
魔法使い 続きを聞かせて。千世子。
千世子 ……と、とと、とおくっ、とおく、ボタンの国も、らくだの国も、紅茶の国、星の国、太陽の町、月の島、ぜんぶ、超えた、そのまた、むこうに、
黒子猫 ……。
魔法使い おいで。黒子猫。
黒子猫 オレもいっしょにきいてもいいの?
魔法使い もちろん。
千世子 ……ぜんぶ、超えた、そのまた、むこうに、旅人は、住んでいました。
黒子猫 旅人なのに、定住してるのか?にゃあ。
千世子 うん、そう。どこにも行けない旅人なの。
魔法使い 旅人の名前は?
千世子 まだないの。……旅人の家は、レンガの壁で、風がふいても、びくともしません。旅人の服は長いローブで、生成りの色をしていて、胸には、光る、宝石が付いてる。それは、北に住む魔女からもらったもので、魔女は、旅人のたったひとりの友達なの。でも、たったひとりだから、旅人は、まだ友達って言葉をしらないの。旅人と、魔女なの。名前なんてどうでもいいの。ただ旅人と、魔女がいるの。ある日ね、旅人は魔女に言うの。
(千世子、語りながら退場。)
魔法使い 「旅に出ようと思うんだ。」
黒子猫 「旅になんてどうしていくの。」
魔法使い 「見てみたいんだ。たくさんの景色を。」
黒子猫 「私をおいていくのかね」
魔法使い 「手紙を書くよ。それからお土産も。」
黒子猫 「どこまでいくの?」
魔法使い 「月の島。」
黒子猫 「その次は?」
魔法使い 「太陽の町。」
黒子猫 「その次は?」
魔法使い 「星の国。」
黒子猫 「その次は?」
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