千年後の兄さんへ。
『千年後の兄さんへ。』
作:音佐りんご。
深い眠りについた兄に妹が遺したビデオレター。
一年ごとに降り積もっていく、とある少女の言葉と時間の物語。
不治の病により恐らく二度と会えなくなってしまった二人の兄妹を描いた作品となっております。
作中に兄は出てこず、あくまで少女が遺したビデオレター、というシチュエーションで綴られていきます。
彼女はお話の中で一つずつ歳を取っていきます。
18歳から、最期まで。途中は演出上省略しておりますので、想像してもらえれば幸いです。
~あらすじ~
ある1月の末、17歳の時に兄が不治の病で深い眠りにつくことになった。別れも告げられぬまま残された妹は、兄の誕生日にプレゼントを遺すことにした。18歳の誕生日から始まり、大学に入り19歳、成人となった20歳、楽しそうに過ごす21歳、就職を控えた22歳、突然母を喪った23歳、失意の数年間、転機が訪れる年、結婚、そして118歳最期の瞬間。妹は兄の知らぬ自分の時間を届けるために一年に一本の動画を通して遺していく。百年後、千年後に待つ兄へと。
◆ ◆ ◆
18。
菜々:
おはよう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。ねぇ憶えてる?
――あの日のこと。まぁ、兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては半年前のことだからさ。でも憶えてるよ、忘れられない。
一月の末に、兄さんが突然倒れて、それで『あの病気』だって分かって……。突然だったよね。うん……、突然だった。
私、はじめて聞いたときこれが本当に兄さんに、ううん、私達の身に起きてることって分からなかった。
だって、そうでしょ? 映画じゃん。馬鹿でしょ。ほんと馬鹿。ありえないって。でも、どれだけ馬鹿って言ったって、分かってた。だから、決めたの。私が。
ごめんね、兄さんが嫌がってたの知ってた。父さんと母さんも迷ってた。兄さん、たぶん今、すごい戸惑ってると思う。もしかしたら怒ってる、よね? ごめんね、本当に、ごめん、ごめん…………。
でも、仕方がね、なかった。……から、私を恨んでよ。兄さん。えへへ、兄さんをそんなにしたのは私! 私なんだから! 誰も悪くない。そう、兄さんは絶対に、悪くない。……えへへ、うん、ごめん、ごめんね。
大丈夫。兄さんはもう大丈夫。私が保証するから。うん、嘘、多分お医者さんが保証してくれると思うから。色々話したいことあるけど、それ全部喋っちゃうと、兄さんが起きちゃうから。
動画が切れ、次が始まる。
19。
菜々:
やっほー、あれから一年経ったよ。兄さんにとってはつい三秒前くらいかもだけど。誕生日おめでとう! 兄さんへのううん、違うな。
素敵なお姉さんから、可愛い弟への誕生日プレゼント! でも今年も歳を取るのは私の方だけ。残念でした! うん、残念。でもでも、プレゼント、いっぱい貯まるね。早く開けられたら良いね。
あ、やっぱ見られるのはちょっと恥ずかしいかも! 私、動画とか撮ったの初めてだったから。その割には上手く撮れてるって? でしょ、なんせ私だからね。女優にもなれるかもね!
でも、どんなに大物になっても私は兄さん自慢の妹だから。そっちで出来た友達とかに自慢していいよ。私が許す! だから、兄さんも、私のこと許してね。
……なんて、折角の誕生日だから明るくしないとね!
兄さんに報告があります! 実は私! 大学生になったのです! いえーい! だから今私は高校生の兄さんの女子大生のお姉さんだよ。
……日本語すごい混乱してるよね。どう? 魅力的に見える? 感想聞きたかったな。なんて。うそうそ。それじゃ――
動画が切れ、次が始まる。
20。
菜々:
大学二年生、妹のお姉さんです。うん、少し落ち着いたよ。ごめんね。……いっぱい話したいことあるんだけど、よく考えてみたら寝起きだもんね兄さん。いっぱい話されると疲れちゃうと思うから短めで。
まぁでも長くなっちゃう気がするけど。だって今日で……二十歳になりましたー! だからお酒用意してみたの。あ! 今、でもどうせサークルの打ち上げとかで飲んでるんだろって顔したでしょ!?
飲んでません~!
私ってば可愛くて真面目な良い子なんだからね! だから、今日が初めて。ほんとだよ?
いや高校生の頃は、お酒ってなんかちょっとかっこいいなって言ってたけど。そういえば兄さんも興味ありそうだったよね。話してたらお母さんに怒られたっけ。えへへ。
でもでも、ワインとか、すっごいお洒落な感じだし憧れてたんだ。だから、ほら! 記念にワイン買ってみたの! バイト代で! ちなみに大学入ってからバイト始めたの。何だと思う?
…………ぶっぶー! 正解は、家庭教師です!
今どうせ失礼なこと言ったでしょ。もう。だから私は今、先生なのです。妹で、お姉さんで家庭教師の先生って属性重ねすぎでしょ。あ、そうだ兄さんの勉強も私が見てあげようか?
なんて、兄さん勉強得意だもんね、私が逆に教えられそう。それはさておき、お待ちかねのワインの時間です! 嬉しそうだって? 分かる? お姉さんはそれはもうどんな味なのか楽しみで楽しみで仕方ないのです。
どれくらい楽しみかというと人生で二番目に楽しみでした。あ、グラスも、ほら! 兄さんの分もあるから! ほらほら! どう? かわいいでしょ?(ワインをグラスに注ぐ音)じゃあ、誕生日おめでとう!
乾杯!
あ、でも兄さんはまだ未成年だったね! いや~一緒に飲めなくて残念だな~! えへへ、私、これで大人だよ。じゃ、いっただきま~す。
…………んう。わ、ワインってこんな味なんだ。へ、へー思ってたのと違う――
動画が切れ、次が始まる。
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