怪談~あやかしかたりて~
『怪談~あやかしかたりて~』
  作 渡辺キョウスケ
  
   舞台、打ち捨てられた廃墟の洋館。
   置かれた椅子や洋卓(テーブル)などの調度品は、埃を被り、部屋の各所に蜘蛛の巣が張られている。
   手入れをされていない為に鬱蒼(うっそう)と生い茂る庭の木々や、外壁を這い回る蔦によって、窓から入るはずの日光も遮断され、昼でも室内は夜の様に昏(くら)い。
   そして何より、館の中に立ち込める、得も言われぬ瘴気(しょうき)のようなものが、その不気味さを助長している。
  
   音楽。Public Image Ltd.「Phenagen」
  
   何処からともなく着物姿の女がユラリと現れる。
   その姿は美しくもあるが、生気というものが感じられず、肌は雪のように白い。
  
   女、虚(うつ)ろな表情で部屋を見て回る。――まるで自分が此の館の主であり、己が棲家(すみか)に何も変わりが無いことを確かめるかの様に。
  
   と、何者かがこの館に入って来たことを気取り、女、煙の様にフ、と姿を消す。
  
   若い男が一人、入って来る。
   手には燭台を持ち、そこには火を灯した蝋燭が一本。
   着流しに羽織、顔には眼鏡を掛けており、如何にも青瓢箪(あおびょうたん)と云った頼りの無い風体である。
  
   男、蜘蛛の巣を払いながら、蝋燭の灯を頼りに部屋の中を散策する。
   そして洋卓を見つけ、そこに燭台を置く。
   すると、その背後に、再び女が姿を現す。
   男、背後に何者かの気配を感じ、振り向く。
   が、そこには誰もいない。
   男、鼠か何かと思い、気配のした方向を見に行く。
   と、その反対側に女が現れる。
   男、再び気配を感じてそちらを振り向くが、やはり誰もいない。
   男、そちら側を見に行く。
   と、その又反対側に女が現れる。
   男、振り向くが、誰もいない。
   姿の見えない何かに翻弄され、男、警戒し始める。
   女、その背後に現れ、両の手で男の首を掴む。
   男、突如何者かに首を掴まれ、慌ててそれを払い除ける。
   そして、遂に女の姿を目にする。
   男、思わず、ワッ、と声を上げ、腰を抜かす。
   女、その姿を見て、ケラケラと耳障りな声を上げて笑う。
   男、躙(にじ)り寄る女から逃げようと、後退(あとずさ)りをする。
   女、それを追い、再び男の首を締め上げる。
   女の絞める力が強くなるに従い、音楽の音量が上がっていく。
   男、女とは思えないその力に驚き、藻掻(もが)き苦しむ。
   その音量が最高潮に達した時、男、既(すんで)の所で女から逃げ果(おお)せる。
 
    音楽、中断される。 
 
  男「(咳込みながら掌(てのひら)を前に突き出し)待った。一寸(ちょっと)待ってください。殺さないでくれ」
  女「貴方、何をしに此処へ来たのですか。此処は私(わたくし)の棲む館です」
  男「勝手に入った無礼は謝ります。しかし僕は、この館の品々を拝借しに参った賊の類(たぐい)ではありません。信じてください」
  女「では、何故此処に」
  男「貴方の話を聞きに来たのです」
  女「私の話」
  男「ええ。貴方、この世の者ではありませんね」
  
   間。
  
  女「だとしたら、何だと云うのです」
  男「僕は、怪談師というものを生業(なりわい)としております」
  女「怪談師」
  男「夏の暑い時期に人を集めて、幽霊話や妖怪話といった、所謂(いわゆる)怪談というやつを話して聞かせるんです。それによって皆様に涼を取ってもらい、その報酬として木戸銭を頂く。そういった吝嗇(けち)な興行師をやらせてもらっております」
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