東京メランコリニスタ【vol.11】
ヤドカリくん
美の祭典「アン・クトー」が開催される数日前。
都心からは離れた地区、深夜のコンビニ。
無気力にレジカウンターに立つ男性スタッフが一人。
店内に客はいない。
しばらくして入店を告げる電子音。
男性スタッフが気だるげに口を開く。
蜂須賀：いらっしゃせー。
カウンター付近でスタッフを見つめる女性客。
スタッフの方は特に意に介した様子はない。
やがて女性客が声をかける。
絲奈：８６番。
女性客の呼びかけに対し、淡白な視線を向ける男性スタッフ。
つかの間の沈黙。
絲奈：タ・バ・コ。
絲奈：８６番。メビウスの５ミリ、パープル。
蜂須賀：……年齢確認できるものはお持ちですか。
絲奈：え、何？ 私ってそんな若く見える？
絲奈：イェーイ、やったね！
蜂須賀：……。
淡々と指定された銘柄のタバコがレジに通される。
絲奈：バイト何時まで？
蜂須賀：５８０円でーす。
絲奈：無視すんな。
絲奈：何時までだって聞いてんの。
露骨に深いため息がもれる。
蜂須賀：勘弁してよ。話すことないって。
絲奈：私の方はめちゃくちゃあるんだわ。
絲奈：積もる話を含めると余裕でオールいけちゃうくらい。
蜂須賀：睡眠不足は美容の敵ですよ、お客さん。
絲奈：心配ご無用。究極のアンチエイジングを私は知ってるからね。聞きたい？
蜂須賀：いや別に。
絲奈：「恋」よ。恋をすれば女は若返るし、良い詩も書けるってわけ。
入店音。
蜂須賀：いらっしゃせー。
蜂須賀：……あ、すいません。お客さん来たんで早いとこ会計済ませてもらっていいすか？
絲奈：あーあー、釣れないわぁ。
絲奈：まぁいいや、また来るよ。
絲奈：見つかっちゃったのが運の尽きだねぇ。通っちゃうよ？
蜂須賀：５８０円っす。
絲奈：わぁかってるって。
会計を済ませ、タバコを受け取る女性。
絲奈：じゃ、またねぇ。
絲奈：元気そうで何よりだよ、ハチ。
手をひらひらとさせ、去っていく。
無表情に女性を見送る蜂須賀。
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