僕の黒猫
僕の黒猫   作・小田春

時間:約10分
人数:3人

小説家

お手伝いさん


小説家の書斎。

小説家   「恐ろしい…ああ恐ろしい」
猫    「どうしたんです、先生」
小説家   「いや、『おぞましい』か。うん。ああ、おぞましい」
猫    「何がです?」

小説家、我に返る。

小説家   「…彼女だよ」
猫    「彼女?」
小説家   「ああ。思い出すだけでゾッとする」
猫    「何があったんですか?」
小説家   「…そこに座りなさい」
猫    「はい」

猫、そばの椅子に座る。

小説家   「あのね。今日の昼、僕は行きつけのカフェにいたのさ」
猫    「はい」
小説家   「コーヒーを飲んで、物語を考えていた。…そうしたら、一人の女性が僕に近づいてきて、僕に小さな箱を手渡したんだ。赤い箱で、金のリボンがしてあった。そして、『あの、ファンです』と言ったのさ」
猫    「はい」

沈黙。

猫    「…え?」
小説家   「ん?」
猫    「…え、それで?」
小説家   「以上だが?」
猫    「それだけ?」
小説家   「それだけだが?」
猫    「それが?」
小説家   「おぞましいんだよ」
猫    「…先生、女の子苦手でしたっけ?」
小説家   「いや、そんなことはない…はずだ。あまり関わりのない存在だけどね」
猫    「そうですよね。お屋敷のお手伝いさんもみんな男性ですしね」
小説家   「…僕にとって、女性は宇宙みたいなものだよ」
猫    「宇宙、ですか」
小説家   「宇宙だよ。正に。女性の考えることは実に不思議で、無限の広がりがあるだろう」
猫    「はあ」
小説家   「何より、女性は美しい宇宙を腹に抱えていて、そこから美しい子供を産むんだ」
猫    「なるほど。先生は、女の子が怖いというか、神聖なものだと思っているんですね」
小説家   「そうかもしれないね」
猫    「そんな女の子から箱をもらったんで、怖いんですね」
小説家   「いや、そうじゃないんだよ。色々と変なんだ」
猫    「変?」
小説家   「まず君、僕の著者近影を思い出してごらんよ」
猫    「(思い浮かべる)…あれ」
小説家   「そうなんだよ。ノーイメージ。僕の姿は、僕の世話をする人間しか知らないんだ。だから、この世に僕の姿を知っている女性はいないはずなんだよ」
猫    「あ、確かに。確かにそうですね」
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