その距離を埋めたくて
その距離を埋めたくて


・文月真琴(ふみつきまこと)
 高校生。ひたむきに女流棋士を目指しているも伸び悩んでいる。

・伊藤隆一(いとうりゅういち)
 高校生。真琴に将棋を教えた。真琴の身体の弱さを心配している。

・南雲愛莉(なぐもあいり)
 第一線で活躍する女流棋士。未亡人。隆一に将棋を教えた。

・平井翠(ひらいみどり)
 高校生。隆一とクラスメイトであり、クラスの人気者。



  鏡の前で薄くメイクをする真琴。
  コンタクトをしようとするも結局眼鏡をかける。

真琴「やっぱり、いきなりコンタクトにしたら、変だよね。」

  明かりが変わる。対局をしながら二人の語りが始まる。

隆一語り「文月真琴とは、小学生の頃からの付き合いになる。身体が弱く、学校を休む日も少なくない。登校しても保健室にいるだけの日もある。
     あまり感情を表に出さず、体調が良いときは静かにボーッと天井や窓を眺めていた。ほとんど自分のことを喋らず、無口で、でも弱くて、守りたくなる。
     そんな子だった。」
真琴語り「伊藤隆一という男子は、あまり他人と関わらず気だるげでマイペースで、ちょっとめんどくさがりだ。
     生まれつき呼吸する力の弱い私は小学生の頃が特に酷く、保健委員だった彼に何度も迷惑をかけた。
     保健の先生がいなくても、彼がいてくれれば首からぶら下げたお守りの中にある薬を出して飲ませてくれた。
     彼がいなければ、私はもうこの世にいられなかったかもしれない。たくさん感謝している。」
隆一語り「きっかけは些細なことだった。小四の昼休み、暇を持て余した保健室の先生が将棋盤を出した。
     真琴の寝息をききながら俺は一局つきあうことにした。先生はほとんど初心者で、対局というよりも途中からは先生への指南になっていった。」
真琴語り「保健室のベットから目が覚めると、パチン、パチン。と不思議な音がした。なんだろう。カーテンをあけると、彼が先生と将棋をしていた。
     なんだか難しそうだけど、身体を動かせない私にもできそうだと思った。そして、彼と、仲良くなるキッカケにならないかと、期待した。」

真琴「ねぇ、伊藤君。それ面白い?」
隆一「気になるなら文月さんもやってみる?」
真琴「うん。教えて。」
隆一「いいよ。」

  少し手を進めると、真琴の成長に驚き、隆一の手が止まる。

隆一語り「真琴はすごい速さで上達していった。中学高校と進級するにつれ、距離はどんどん離れていった。
     もう、俺と対局なんてする価値はない。急な呼吸困難に陥ることもほとんどなくなった。
     高校二年になりクラスが廊下の橋と橋に分かれてからはもう滅多にすれ違うこともない。」
真琴語り「将棋が強くなるにつれ、彼との距離は離れていった。将棋が、私の人生の中心になっていく。もっともっと強くなりたいと、日々没頭していった。
     気付けば、私の周りにはもう、他に何もなかった。ここだけが私の居場所だった。
     それなのに私は今、プロを目指す人達の中に入って、負け続けている。」
隆一語り「季節は冬。クリスマスシーズン。浮つこうにも相手などいない。受験という言葉がいよいよ迫ってきて、憂鬱な日々を送っている。
     真琴は、受験、するのだろうか。いや、俺には、関係ないことか。」

隆一、退場。残される真琴。

真琴「どうして勝てないの。どうして。」

  暗転。
  明転すると真琴が少し苦しそうな様子で空き教室へ入ってくる。首から下げた薬を出そうとするも忘れたことに気付く。

真琴「薬、忘れちゃった…。何やってんだろ、私。」
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