コメディ「ラビットシプ」(短編)
5〜6人芝居。25分版
【ラビットシプ】
水谷健吾
※この作品は連作短編集『クロスワード』に収録されている物語です。この作品だけで完結していますが、連作短編集『クロスワード』全体をご覧いただくことでよりお楽しみいただけます。
【登場人物】
安澄アミ(女):小説家志望
一条春華(不定):編集社
青年(男):アミの小説に登場する人物(ツゲールベ役と同じ役者が演じる)
フィリップ(不定):ウサギ、物語の主人公
ツゲールベ(不定):ウサギ、リアリスト
セバスチャン(不定):ウサギ、食いしん坊。太っている
長老(不定):ウサギ、牧草を求めて人間に捕まる(一条役と同じ役者が演じることも可)
クイーンマリー(不定):ウサギ、ボス(一条役と同じ役者が演じる)
【本文】
舞台は古本屋。店主(一条)が椅子に座っている。
アミ、本を探しに入ってくる。
アミM「麗かな春の日差しを受け、私はそこにやってきました。老齢のお婆さんが一人で切り盛りをしている小さな古本屋さんです。手狭な店内に充満した紙の匂いはどこか懐かしく、そして私は、フランツ・カフカの小説を探していました!」
青年、下手奥から入ってくる。
アミ、カフカの小説を手に取ろうとする。青年もそれを手に取ろうとして、互いの手が触れ合う。
アミ・青年「あ」
アミM「それはまさに奇跡としか言いようのない出会いでした」
青年「あなたもカフカが?」
アミ「はい」
青年「どうぞ」
アミ「でも」
青年「かまいません。この本もきっとあなたに読まれたがっています」
アミM「彼はそう言って笑うと、私の手にカフカの小説を持たせてくれたのです」
青年、小説をアミに渡す。
仲谷「ほら。あなたの手にピッタリとフィットしている。まるでこの本を持つために生えてきたかのようだ」
アミM「少し大袈裟な気もしましたが、彼の言葉はとてもロマンチックで、そしてなにより知的でした」
青年「おっと、消化管を通って消化・吸収されなかったものが直腸に溜まったというシグナルが大脳に送られ、僕は今、猛烈な便意を感じているようだ。では」
青年、下手奥からはける。
アミ「彼の背中を見送りながら私の心臓は高鳴りっぱなしでした。この瞬間こそが私と彼の運命的な――」
一条「ストップ」
劇中劇、終わり。
小説家志望のアミと編集者の一条の打ち合わせ中。
一条、スタバのコーヒーと原稿を持っている。
一条「うーん。恋愛小説の始まりとしては、どうだろ」
アミ「ダメですか?」
一条「ダメってわけじゃないけど、手と手が触れ合うってちょっとベタすぎるっていうか、リアリティないんだよね」
アミ「でもでも、私の先輩、本当にこういう風に出会ったんですよ。カフカの小説を互いに取ろうとして」
一条「へー」
アミ「素敵じゃないですか?」
一条「この便意のくだりは?」
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