東京メランコリニスタ【vol.4】
姉と弟
 無機質な病室の天井。
 仰向けに眠る男の子の脳裏に、いつかの思い出が浮かぶ。

雪音:(姉ちゃんのことでいつも頭に浮かぶのは困った笑顔。)
雪音:(正直あまり好きじゃなかった。)
雪音:(自分の気持ちを押し隠してるみたいで。)
雪音:(だけどそんなこと言えなかった。)
雪音:(いつも手を差し伸べてくれる姉ちゃんのことが大好きだったから。)

 東京、渋谷。
 小さなライブハウスからマスクをつけた女性が出てくる。

アセロラ:お疲れ様でーす。お先に失礼しまーす。

 日が落ちた街を、スマホの画面を見つめながら歩いていく。
 大きなため息がもれる。

アセロラ:(新しい「表現」と「報道」の自由が力を持つ時代。)
アセロラ:(「影響力」イコール「権力」の時代に、私たちは生きている。)
アセロラ:(……とまぁ、そんなことは置いといて……。)
アセロラ:(今日のライブもいつも通りだったなぁ……。)
アセロラ:(リリィが抜けてからただでさえ集客落ち目なのに……。)
アセロラ:(あの目に見えて明らかな客層の変化。)
アセロラ:(何なの、あの異様にガラの悪いオジさんの集団は……。)
アセロラ:(おかしいでしょ。目、血走ってるし……。)
アセロラ:(他のお客さん絶対怖がってるよ。)
アセロラ:(あーあ、困ったなぁ。)
アセロラ:(わかってはいるけど、皆「触らぬ神に祟りなし」って感じ。)
アセロラ:(どうなっちゃうんだろうなぁ、「エヴァンジェリン」は。)

 うつむきがちに歩く女性。
 物陰から現れた少年が女性に声をかける。

雪音:あ、あの、すみません!
アセロラ:いッ! あ、ああ、はい、私ですか?
雪音:俺のこと、わかりますか。
アセロラ:え……?

 明らかに不審な目を向ける女性。

アセロラ:ああいや、ごめんなさいわからないです。
アセロラ:急いでるんで失礼します。

 そそくさと立ち去ろうとする女性を、少年が必死に呼び止める。

雪音:お、俺です。雪音(ゆきね)です!
アセロラ:えっ……。
雪音:いきなりすみません……アセロラさん。
アセロラ:ゆ、雪音って……。雪音くん?
雪音:はい。

 「雪音」を名乗る少年の顔を恐る恐る覗き込むアセロラ。
 やがて合点がいき、目を見開く。

雪音:……覚えてますか?
アセロラ:ウッソォ、雪音くん!? 超久しぶりじゃん!
アセロラ:えー何年ぶり? 結構背ぇ伸びたんじゃない? 
アセロラ:全然わかんなかったわぁ。ゴメンね、逃げちゃって。
アセロラ:最近変なの多いからさ。
雪音:いえ、俺が悪かったから……。お久しぶりです。
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