東京メランコリニスタ【vol.1】
ヤクザとアイドル
 軽快な音楽とともに、とある動画チャンネルのオープニングが流れ始まる。
 一通りの演出の後、一人の男が映し出される。
 周囲は暗く、かすかなさざ波の音。
 笑顔の男が画面越しに口を開く。

蜂須賀:はい、どーもォ、はっちゃんだよ。
蜂須賀:時刻は午前一時を回ったところです。
蜂須賀:月が綺麗ですねー。
蜂須賀:今日はねぇ、埠頭(ふとう)に来てます!
蜂須賀:埠頭、わかる?
蜂須賀:ヤクザがさぁ、「東京湾に沈めたろか!」とか言うでしょ。あそこね。
蜂須賀:察しの良い奴らは気付いたかもしれないけど、今日はリクエストの多かったあの企画をやります。
蜂須賀:今、巷(ちまた)を大いに騒がせてる「鹿羽(しかばね)組」。
蜂須賀:懇意(こんい)にしてる闇ブローカーとのヤバい取引がここで行われるみたいなんだよねぇ。
蜂須賀:確かな情報筋からのタレコミです。
蜂須賀:ワクワクもんだよねぇー。
蜂須賀:Vシネ顔負けの絵が撮れそうで、はっちゃん超胸が躍ってる。
蜂須賀:……あ? ただ撮って終わりなわけねぇだろ?
蜂須賀:んな、つまんないコメントやめてよねー。
蜂須賀:新参者かい、あんた。
蜂須賀:おーおー、言ってやれ言ってやれ、鬱屈の溜まったメランコリニスタたち!
蜂須賀:このチャンネルがただで終わるわけねぇだろうが、ってよ!

 滔々と語る配信者の男の後ろで、数人が近づいてくる気配。

蜂須賀:あっ、やべっ、テンション上げ過ぎて見つかっちゃったよ。
蜂須賀:見て、コワモテお兄さんがこっち来てる。
蜂須賀:でも、心配はご無用。
蜂須賀:知っての通り、はっちゃんは「世界一ツいてるMeTuber(ミーチューバー)」だからさ。
蜂須賀:俺の雄姿をしっかり焼き付けとけよ!
蜂須賀:東京メランコリニスタ・ボリューム30。
蜂須賀:「ヤクザの取引現場に潜入してみた」!
蜂須賀:カメラの角度、大丈夫かな? ちゃんと見えてる?
蜂須賀:あ、今のうちに言っとくわ。
蜂須賀:チャンネル登録よろしくゥ。

 なおもライブは続く。
 視聴者に向かって手を振り、迫るヤクザに向き直る配信者の男。

 場は転じ、人気の少ない路地・
 一人の女性が何かから逃げるように息を切らしている。

リリィ:ハァッ、ハァッ……!
鏑木:おい、いたか!?
鏑木:近くにいるはずだ。絶対に探し出せ!
鏑木:逃がすんじゃねぇぞ!

 逃げ続ける女性。
 物陰から追手を確認し、息を整える。

リリィ:何で……何で、こんなことになっちゃったの……。
鏑木:くそっ、どこ行った、小娘ぇ……。
鏑木:落とし前、きっちりつけてもらうからな。
リリィ:私はただ……頑張ってるだけなのに。
鏑木:「鹿羽組」、舐めんなよォッ!
リリィ:ひっ……!

 咄嗟に逃げ去っていく女性。
 喧騒は止まない。

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