屋上の花嫁
屋上の花嫁
音田薫

ビルの屋上にて、風が吹いている。
舞・七華、煙草を吸っている。
二人の煙を吐く音が聞こえる。
舞、少し鼻歌。

七華「舞。捨てるならここに」
舞「吸殻ケース? さすが七華。昔からそういうところ律儀よね。ヤクザのくせに」
七華「ヤクザかどうかは関係ないだろ」
舞「吸殻なんてその辺にポイ捨てしておけばよくない?」
七華「そのガサツさ。意外と君も変わってないようだね」
舞「意外とって何よ」
七華「あのスケバンが今じゃ超人気女優だ」
舞「スケバンって。令和の時代に昭和みたいな言い方しないでよ」
七華「実際当時はそうだったじゃないか」
舞「まぁ。否定はできないけど」
七華「女優なんて高嶺の花になっちまったら。多少なりとも変わってるんじゃないかと不安だったんだ。昔通りで安心したよ」
舞「普段はこうじゃないわよ。アンタの前でだけ」
七華「そりゃ、親友明利に尽きるねぇ」
舞「親友。そうね。親友だわ。アタシたち」
七華「悪友、と言い換えることもできるがね」
舞「悪って。そんなにアタシたち悪い事やってきてないわよ」
七華「俺達でつぶした暴走族、いったいいくつあったっけ」
舞「……アンタ、今までに食べたパンの枚数、覚えてる?」
七華「さすがに」
舞「まぁ、そういうことよ」
七華「そういうことだな」

華・七華、どちらからともなく笑う。

七華「今日はいったい何の用でこんな……ビルの屋上なんかに来たわけ?」
舞「何でって。高校時代はいつもここでつるんでたじゃない」
七華「そういう話じゃなくてな。ウェディングドレスで来るような場所じゃないだろ」
舞「何。アタシにドレスなんて似合わない、って言いたいわけ」
七華「そんなことは無いさ。凄く綺麗だよ」
舞「あ、ありがとう……」
七華「……君、意外と素直だよね。そういうところも昔からかわらず……」
舞「何よ」
七華「いや。何でもないよ。それで? 何でここにいるんだい?」
舞「逃げてきたのよ」
七華「マリッジブルー、というやつかな」
舞「そんなとこよ……。嫌になったのよ。今の生活が」
七華「贅沢な悩みだな」
舞「贅沢? どこが」
七華「高校卒業してすぐに俳優になって。そこから順風満帆。今じゃ第一線の売れっ子俳優の一人じゃないか。何が不満なんだい」
舞「……アンタには分からないわよ」
七華「ま、それはそうだがね」
舞「いつ足元をすくわれるか毎日ドキドキよ。少しでも手を抜くとすぐにばれて炎上。次の売れっ子たちだってアタシの後ろで列をなして待ってるんだから」
七華「それは大変だ」
舞「そう。大変なの……」
七華「でも。良かったんじゃないか。昔からの夢だったろ。俳優になるのは」
舞「……そんな話、したことあったっけ」
七華「一度だけ。確か場所は……」
舞「あ。思い出した」
七華「あの日の事は良く覚えてるぞ。なんたって初めて」
舞「ちょ、ちょっとアンダ。デリカシーってものを……。はぁ。いや。いいわ。アンタにそこのところを求めるのは酷だわ」
七華「辛辣だな」
舞「それはそうよ。大体、アンタ昔から鈍感というかね。その手の話になるととたんにポンコツになるんだから。ちょっとは勉強しなさい」
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