水槽の町
田所仁成(たどころひとなり) 生閉出身の大学生。春休みを使って地元に帰省してきた。
香山 弥(かやま あやね)   仁成の同級生の友人。小旅行を兼ねて仁成に同行した。
結(ゆい)          またの名をだたろん。古くより生閉に住む妖怪の末裔。仁成とは友人関係にある。
枝剪 定(えだなぎ じょう)  結の世話係を担う男性。
紙芝居屋(かみしばいや)   生閉にて紙芝居の上演を行う人物。枝剪とは古い付き合いがある。
河伝 詩(かでん うた)    紙芝居屋のお手伝いを行っている女性。仁成・結とは関係が良くない。
品田(しなだ)        生閉の住民。生閉に移住する予定の母親を持つ。詩の母・星野とは勤め先のスーパーの同僚である。
星野(ほしの)        生閉の住民。小学生の子供がいる。詩の母・品田とは勤め先のスーパーの同僚である。


第1幕
プロローグ

紙芝居屋 むかしむかし、ここにはだたろんという恐ろしい妖怪がいたそうだ。
     人々はだたろんの住処から離れた場所に村を作り生活を営んでいた。なぜなら、人々はだたろんを忌み嫌い恐れていたからだ。
     だたろんはひとつの身体に、恐ろしい形相をした沢山の頭を持ち、その一つ一つが古今東西様々な知識を有していた。
     奴は、持ち前の知識を使って、人々の嫉妬や欲望などの暗い感情に漬け込み助言を与え、
     小さな諍いを起こすことを何よりの楽しみとしていた。
     その助言は目を瞑り耳を塞いでも聞こえてくる魔の言葉で、しかも頭の中を覗かれているかのように
     自分の欲望に忠実な内容であった。
     やがてだたろんが起こした小さな諍いは大きな戦となった。人々はだたろんの操り人形として無益な戦いを繰り返し、
     だたろんはその様子を大いに楽しんだ。
     そんなだたろんに反旗を翻したのが、村に住む枝剪という一族。彼らはだたろんの魔の言葉に耳を貸さず、
     奴らの懐に潜り込むことに成功した。
     こうしてだたろんは枝剪家によって打ち取られ、めでたしめでたし……とは問屋が卸さない。
     命乞いをするだたろんは、枝剪家と約束を交わした。
     これからもだたろんの血を絶やさず子孫を作ることを許す代わりに、必要以上に数を増やさない。
     この『絶やさず、増やさず』の約束を枝剪家はどういうわけか了承し、その約束は今もなお続いている……。


1場 二月十日 午後三時 生閉ふれあい公園前バス停留所。

 香山弥と田所仁成が会話をしながら現れる。そのやり取りは完全に二人だけのパーソナルなやりとりである。
 その少し後に、退勤した品田と星野が現れベンチに座り、談笑する。

   弥 ねー、まだー?
  仁成 あと少しあと少し。悪いね、長々と歩かせて。
   弥 (それには答えず)草壁(2人の共通の友人)だったら途中ばててリタイアだったろうね。
  仁成 だから来なかったんでしょ。
   弥 うわ、虫? 
  仁成 いるわけないでしょ……あ。

 仁成と弥が到着した先には芝居屋がおり、自転車の荷台から、紙芝居、自分が座る用の折り畳み椅子、
 クーラーボックスをおろしている最中である。
 宿泊を前提とした大荷物を抱えた弥と仁成はひどくくたびれた様子で、周囲を見渡している。

   弥 (現地人である品田と星野に気を遣って小声で)しかし驚くほど何も無いね。
  仁成 ……俺、一ヶ月くらい前からずっと言ってたじゃん、何も無いって。
   弥 別に文句言ってる訳じゃないよ。
  仁成 最寄りのコンビニに行くなら車で二時間、徒歩で十五時間。ファーストキッチンは車で一時間くらいのところにあるのに、
     マクドナルドには三時間かかる。
     ??????そんな、自然と文化が共存する町、生閉にようこそ! 
   弥 口を開けばネガキャンばっかり。
  仁成 自然と文化が共存する町だなんて、言葉選びの妙だよなあ。
     ただ自然と文化しかないだけだよ。

 仁成、弥を一瞥して、

  仁成 ……悪いな、こんなところへの帰省に付き合わせちゃって。
   弥 別にいいよ。
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