ふたり
『ふたり』
明転。部屋には布団が敷いてあり、机の上に湯飲みが置いてある。
男がその横に胡坐をかいて座っている。
しばらくしてお茶を飲みながらため息をつく。
男「……疲れたな」
再び長いため息。間を置いて男は湯飲みを机に置き、立ち上がって歩き出す。
仏壇の前に正座をする。ゆっくりと目を閉じて手を合わせる。
時間が経って目を開くがそのまま座っている。
男「もう、今日で一年か。……意外と早いもんだな」
男が背を向けている方から、女が入ってきて座る。手にはアルバムを持っている。
女は男の方を少し伺ってから、男に背を向けアルバムを開く。
女「あなたやっぱり寂しかったんじゃないの? ……あなたはいつも素直じゃなかったけど、意外と泣いたりなんてしてくれてたりして」
男が仏壇のそばに置いたアルバムを手に取り、じっと表紙を見つめる。
女「まぁそれは無いかあ、いい年した男の人が一人で泣いてたらちょっとびっくりしちゃうかも。……別に、涙なんて流してくれてなくてもいいんだけどね」
男がアルバムを開く。
以下、お互い独り言のように。適宜自由に動いたりしてほしい。
基本的に背中合わせで、お互いのセリフには反応しない。(聞こえていない)
男「静かだな、やっぱり俺一人だと」
女「いつも私のほうが騒がしくしてたものね、あなた無口だから」
男「お前だけだったよ、最後まで」
女「そもそもあなた面白くないもの、堅物だし、趣味も将棋ぐらいだし、口下手だし」
男「友人も数えるほどで……俺は、親不孝な息子だったから、悪い仲間がいたぐらいか。はは、この写真。若気の至りってやつだなあ」
女「昔のこと全然教えてくれないし。知らなくていいとかかっこつけちゃってさ」
男「本当に知られなくてよかったな、こんなの」
女「あなたのこともっと知りたかったのに。あぁでも将棋は結構覚えたわよ、私には難しかったけど、あなたが楽しそうだったもの」
男「学もないし、甲斐性もないもんだからな、お前が居なかったら天涯孤独だったかな。まぁそれはそれで悪くないか」
女「お金もないし、どこにも連れてってくれないし、なんならすぐ黙ってどっか行っちゃうし。私だけよ、あんなの許してあげるの」
男「お前は本当に、俺にはもったいないくらいで……よく言われてたんだぞ、「お前には似合わんな」って、あいつらにも。余計なお世話だっての」
女「お友達がいるだけ良かったわね。一人にならなくて」
男「色が白くて、綺麗で……なんで俺みたいなろくでなしのとこに来ちまったかなあ。もっと良いとこの家を選んでおけよ。賢いやつはそこも考えておくもんだ、お前も大概だよな」
女「そうよ、あなたよりずーっと素敵な人なんて、たくさん居たんだから。それでも私、あなたの隣に居たかったの。面白いことや気の利いたことの一つも言えないし、美味しいものも食べさせてくれないし、だけどそんなあなたの隣で過ごす穏やかな時間が、私は一番好きなのよ。」
男「まったく、なんで離れていかなかったんだか不思議なくらいだよ」
女「あ、でも私の方がいつも騒がしくしちゃったかな。昔は構ってもらいたくてあなたの袖を引いたり、我儘言ったり……私はそれでも楽しかったけど、あなたはどうだったのかしら」
男「いや別に、お前が居たのが嫌だったとかそういうことじゃなくて、……むしろ助かっていたくらいだけど。お前が居なかったらきっと、俺は独り身だっただろうよ。俺のつまらない話でさえも聞いてくれたな……本当に。よく出来た奴だよお前は」
女「うーん、最後まで一緒に居てくれたんだから、嫌われてはいなかったと思うんだけど……そういうの、あなたなんにも言ってくれないんだもの」
男「あー……もう少し、美味いもんでも食わせてやれば良かったかな、最期に。俺にはお前がどうして欲しかったのかさっぱり分からなかったし……俺と一緒に居て、本当にお前は良かったのか?」
女「私はもう居ないんだし、これからはあなたの好きなようにしてくれればそれで十分。私は、幸せだったわ」
男「お前がいなくなったって、また昔に戻るだけだと思っていたんだが……なんだ、なんというか…」
女「寂しかったら綺麗な奥さんを迎えるなり、可愛いペットでも飼うなりしたら良いわ。これまでは私があなたの枷になっちゃったかもしれないし」
男「……まったく女々しいが、お前が居ないと駄目になっちまったみたいだ。それもそうか、他にここまで長くを共にした奴なんていやしないんだから」
女「ああでも、あなたみたいな人とずっと一緒に居られるのはやっぱり私くらいじゃないかしら。……それは冗談だけど、それでもあなた、新しい家族なんて迎えたりしなさそうね」
男「ずっと横に居たのに、何一つしてやれなくて悪かったな。今頃怒ってるかな」
女「あなたが幸せならなんだって良いわ。私のこと忘れちゃったって怒らないし、私もう子どもでも無いんだから」
男「ほんとうに、俺には不釣り合いだったかもしれないな」
女「横に居られただけで私は十分嬉しかったのよ、ほんとうに」
男「でもせめて、俺が後で良かったかもしれないな。何もしてやれず挙句の果てにお前を残して逝ったら、合わせる顔がない」
女「だから、しばらく経ってまたこっちで逢えたらもう言う事無いわ」
男「そりゃお前は、俺なんか居なくたって生きていけただろうけどよ。流石にそこまで酷い人間じゃあないさ」
女「だけどまだ来ちゃ駄目よ、まだ元気で居てね」
男「だからこれで良かったんだな。少し落ち着いた時間ができたと思えば、それで……どうせもう長くも無いんだから」
女「ねぇ、私が居なくて寂しいからって急ぎすぎちゃ駄目だからね」
男「……なあ、お前が居なくなってこの家はめっきり静かになっちまったな」
沈黙。
女「私ね、あなたと一緒に生きられてすごく楽しかったわ。とっても幸せだった。友達にも話し過ぎて笑われちゃうくらい、それだけ幸せだったの。あなたはどうだった?そういうのって、言葉にしないと伝わらないのよ。あなた何にも言ってくれないんだから」
男「ずっと口に出来なかったがな、お前は俺の自慢だったよ」
女「私の思ってたことも、なんにも伝わってなかったかもしれないわね」
男「俺のろくでもない人生の中で、お前に出会えたことだけは良かったと、それだけは言える。いつだって俺の後ろに寄ってついてきてくれることが、独りだった俺にはどうにもくすぐったくて、嬉しかったんだな」
女「心が読めるわけもないんだから、そう上手くいかないわよね」
男「せめてお前が幸せだったんならそれで良いんだ。そうじゃなかったんなら、今度こそもっと良い、まともな奴のところに貰われて幸せになってくれよ。……俺と一緒に居てくれてありがとうな」
男の言葉を聞いて、女は一瞬遅れて振り返る。
男「……こんなこと誰にも言ったことなかったよ。俺に言う相手が出来るとも思わなかった……久しぶりに話したから疲れたな」
男は立ち上がり、仏壇に背を向ける。
男「まだ日も暮れない時分だが、俺は少し休むことにするよ」
男は敷きっぱなしになっていた布団に横になり、観客に背を向ける。
女「私ね、あなたのことが好きよ。大好き。今度こそちゃんと言いたいのよ、少しは伝わってたみたいだから嬉しいんだけど」
女は布団のそばに寄り、その場で膝をついて座る。
女「あのね、次に生まれ変わったら今度はあなたのお嫁さんになりたいわ。そのほうがきっともっと永く一緒に居られたかもしれない。それにそうしたらちゃんと、人間の言葉であなたに大好きってたくさん伝えられるでしょう」
鈴の音が鳴る。
女「だけど本当に、もう十分幸せだった。あなたの隣に居られて良かったわ。……あなたの家の猫で良かった。ありがとう」
暗転。
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