アスファルト
アスファルト
作 松永 恭昭謀

登場人物
 語り
 モグラ
 女
 犬
 フクロウ
 

語り モグラはとても腹を立てていました。鼻がもげるような嫌なにおい、頭にゴンゴンと響く機械の騒音、それに体をじりじりと焼く熱。それは地面の上で人間がアスファルトを敷いていたのでした。いくら鳴いても喚いても、工事は止まるわけがありません。モグラは穴の端の方に横たわる女を蹴り飛ばしに行くことにしました。

女 お久しぶり。
モグラ やっぱりまだいた。
女 ええ、私はもう動けないから。
モグラ 動けないなんて、なんてかわいそうな奴なんだ。
女 同情してくれるのね、ありがとう。
モグラ 同情なんかするもんか。だってボクはお前を蹴りに来たんだ。
女 蹴る? 私を?
モグラ そうだ、お前を蹴るんだ。
女 なぜ蹴るの?
モグラ なぜ。
女 ええ、蹴る理由。
モグラ 蹴る理由。そんなのいるのか。
女 そうよ。誰だって蹴られたくない。でも、蹴られてもしょうがないという時もあるかもしれない。もしかしたら私はモグラさんに蹴られても仕方がないことをしたのかもしれない。でもそれならその理由をしりたい。だってそれが分かったら反省してあなたに謝って仲良くなれるかもしれないでしょう。
モグラ 仲良くなんかしたくない。だって仲良くなってしまったら蹴れないじゃないか。
女 じゃあますます仲良くなりたい。ねえ、あなたの名前を教えて。
モグラ 名前?
女 そう、名前を聞くのがマナーなの。そうやって知り合いになって、ゆっくりと会話をして仲良くなっていくの。
モグラ 名前なんてない。
女 あら、ごめんなさい。モグラには名前がないのね。
モグラ モグラはモグラだ。馬鹿な人間みたいに自分に名前なんかつけやしない。モグラはモグラ。モグラとしてモグラなんだからモグラなんだ。ボクと父さんと母さんそれにお兄さんにお姉さん。それ以外に呼ぶ必要がないんだからね。名前なんて必要ない。
女 そうなのね、必要ないのなら名前を付ける意味はないのかもしれない。けど私には名前が必要なの。だってあなたと別のモグラの区別がつかないもの。もしこれから蹴られたら、私はあなたを恨まないといけない。けど名前がないと、どのモグラかわからなくなってしまうもの。もし別のモグラに恨み言を言ってしまったら申し訳がないでしょう。
モグラ 確かにそうだ。人間はなんて馬鹿なんだろう。じゃあ、お前の名前はなんて言うんだ。
女 私の名前?
モグラ お前は名前を持っているんだろう。
女 名前をしってどうするの。
モグラ どうするって、名前が必要だって言ったろ。
女 けど、それじゃあ仲良くなってしまうじゃない。
モグラ それは困る。蹴れなくなる。
女 そうしたい。でも名前は教えたくても教えられない。
モグラ なんでだよ。人間は名前を持っているんだろう。嫌な奴だ。やっぱり蹴ってしまおう。
女 忘れたの。
モグラ 忘れた。
女 だってもう誰も私の名前を呼んでくれない。私も私の名前を覚えていない。私の名前を知っている人も、もういない。
モグラ なぜ?
女 だって私はもう死んでいるんだもの。もうどれほどか数えても数えても分からないほどこうやって土の中に埋まっている。話し相手はこうやって時々やってくるモグラさんや、土の中の小さな虫たちだけ。私は一人ぼっち。とてもさみしいの。
モグラ なぜ一人ぼっちだと、さみしいんだ?
女 誰だって一人ぼっちはさみしいの。友だちと遊んだり、おしゃべりしたら楽しいもの。家族と一緒に温かいお家で美味しいご飯を食べるの。けど私はもうそれができない。死んでしまったらそれができない。
モグラ かわいそうなやつだ。
女 やっぱり同情してくれるのね。ありがとう。
モグラ 別に同情なんかしてない。もう蹴ってもいいかい?
女 ダメ。そんなことよりも、おしゃべりしましょう。そうだ、あなたの家族の話を聞かせてちょうだい。あなたにだって家族はいるでしょう。
モグラ 家族。そんなのいない。
女 あなたにだってお父さんや、お母さん、お兄さんやお姉さんだっているでしょう。
モグラ 母さんはボクが大きくなる前に、犬に食べられちゃった。兄弟は地面に出たときにフクロウに捕まって連れてかれた。
女 それはかわいそう。そしたら、お父さんは?
モグラ 父さんは、
女 お父さんはどうしたの。
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