ポケットの中の私
ポケットの中の私   作 川村武郎


  〈登場人物〉

   妹(山内幸子)
   友人(小林真由美)
   母(山内静子)
   兄(山内悟)
   父(山内誠一)






    真っ暗な舞台にビデオ画像。
    妹が映っている。

妹のビデオ 本日は、ご多忙中のところ、お越し下さいまして、誠にありがとうございます。
早いもので、今年も残すところふた月を切りました。‥‥とか、こんなのを毎年言ってるような気もしますが、そういうのを何回、何十回も繰り返す中で、どんどん一年が消化ゲームみたいになって行って、どんどん早くなって、どんどんトシをとって行くんですよね。ほら、六月の三十日とかに「こないだ明けましておめでとうとか言ってたのに、もう半年過ぎちゃったんだよねぇ。早いねぇ。」とか、「暑い暑いと言ってたのに、もうすっかり秋だよねぇ」とか、こういうパターン化した挨拶は禁止した方がいいと思うんです。区切れば区切るほど、どんどん時間は早くなって行くんです。だから、ほら、小学校の時は、あれだけ時間が無限に長かったのに、中学とか行くと、中間テストとか、期末テストとかあるじゃないですか? あれのせいで、「とりあえず中間まで」とか「期末テストに間に合わせよう」とか「センター試験まであと百十七日」とか、パターン化した時間を消化する習慣ができてしまって‥‥。
ほんと、もう挨拶だけじゃなくて、カレンダーもなくした方がいいですよね。いっそ年も数えない方がいい。そしたら、元通りのカオスなありのままの時間が取り戻せるじゃないですか?そしたら、もう年齢も寿命もどうでもよくなって、せいぜい一生とか二生とかしかわかんなくなって、「あれって前世だっけ?」「ちがうちがう。前々世よ」「あ、そっか」みたいな素敵なことになるんじゃないかしらん。ねぇ、そう思いません?

    途中で舞台が明るくなる。
    妹が現れて、ビデオを眺めている。

妹    何、アホなこと言うてんの?
妹のビデオ  うっさいな。アホなこととちゃうし。
妹    アホなことやん。‥‥もう、恥ずかしいし、やめて。
妹のビデオ  何が恥ずかしいの?
妹    恥ずかしいやん。
妹のビデオ  だから、何が?
妹    そら、自分やし。
妹のビデオ  はあ?
妹    だから、今のこの自分やないかもしれんけど、いつのどの自分かはわからんくても、やっぱり自分は自分なんやから、その自分が、そんなはずいこと言うてたら恥ずかしいに決まってるやろ?
妹のビデオ  はあ? あんたこそ、何わけのわからんこと言うてんの?
妹    わけわかるし。
妹のビデオ  ほんま、こっちの方が恥ずかしいわ。
妹    え? 何が恥ずかしいの?
妹のビデオ  そやから、あんたは、この今の私やないかもしれんけど、いつのどの私かはわからんくても、やっぱり私は私なんやから、その私が、そんなはずいこと言うてたら‥‥。
妹    ストップ!
妹のビデオ  え? 何?
妹    そういうメビウスの輪みたいな会話やめへん?
妹のビデオ  メビウス? 何がメビウス? 誰がメビウス?
妹    黙れ。もうゲーム終了や。

    妹、リモコンを持つ。

妹のビデオ  おい、そんなん使うの、卑怯やで。反則や。
妹    うるさい。黙れ。
妹のビデオ  ちょっと待って。ご無体な‥‥。
妹    強制終了!
妹のビデオ  うわ。(消える)

妹    ふー。一件落着。

    間。
    と、別のディスプレイから復活。

妹のビデオ  こんにちは。
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