夏の匂いが手を引いて
ハルカ:(M)
会社を無断欠勤した平日、アパートの屋上
本来は立ち入り禁止なのに、鍵が壊れているのをいいことに侵入する
柵に寄りかかり、今日もあくせくと働く世の中を見下ろしながら缶ビールをあおる
数分おきに鳴り響いていたスマフォを無視し続けていたら、
観念したのかやがて静かになった――どうせ嫌味な上司からだ
見上げた空はうっとうしいほど澄み渡っていて
この下に住んでいる人間がどんな闇を抱えて、
どれだけもがいて生きているかなど一切知らない無邪気さに腹が立つ
だけど
身も心も、存在も
全部溶かして消えていけそうな、そんな青色をしていた
……なんて。陳腐なポエムだ
でも、でも、だけど
今なら、それが実現するのかもしれない
―空になった缶ビールを平場に置く
―柵を乗り越え、縁(へり)に立つ
ハルカ:(M)
高い。怖い。……でも
ここから飛び降りれば
風とともに消えていける
―ゆっくりと目を閉じる
ハルカ:(M)
さようなら、世界
さようなら
クズで、どんくさくて、どうしようもない俺
身体を縁の外へと傾け、重力に身を委ねた
……
…………
どう、なったのだろう
死ぬときに痛いのは一瞬だけとはよく聞く話だけど、
いつまで経っても何も感じない
もしかして、痛みを覚える前に死ねたのだろうか
もしかして、本当に消えることができたのだろうか
確かめようにも、ここにきて怖気づいてしまい目が開けられない
むしろ、これは『目を開けている』のだろうか……?
視界いっぱいに闇が広がっているだけではないのだろうか?
それはそれで怖い……ここは、どこなんだろう
なつ:(ぺろっ)
ハルカ:ひっ!?
ハルカ:(M)
何かが鼻先を舐めた
思わず悲鳴を上げ、反射的に目を開けると
なつ:わん!!
ハルカ:……は?
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