カンテラ町の灯【驟雨】
カンテラ町シリーズ:9話
 暗い部屋の一室。
 豪華な装飾を施された寝台の上で自らの体を抱き、震える女の姿。

槐:(長く慰み者の身じゃった。)
槐:(私の生きる上での価値など、その程度のものであると諦めておった。)
槐:(この時勢においては何ら珍しいことではない。)
槐:(特に、嵩(かさ)にかかった権力者たちは私を玩具の如く扱いおる。)
槐:(皆、溢れんばかりの我欲を留めようともせぬ。)
槐:(私はすでに死んでおった。)
槐:(今日とて、薄暗い一室で主(あるじ)が戻るのをただ待つのみ。)
槐:(だが、主は二度と私を抱くことはなかった。)

 太刀を振るい、刀身につく血を落とす黄雲。
 納刀し、呆然と座り込む槐を一瞥する。

黄雲:……劉雲(りゅううん)の女か。
槐:ぬ、主(ぬし)は……。
黄雲:黄雲(きうん)。
黄雲:世の覇権を握る者の名だ。覚えておけ。
槐:なぜ殺した。この男は主の……。
黄雲:父などとは思っておらん。
黄雲:目先の餌に涎(よだれ)を垂らすだけの畜生よ。
槐:……。
黄雲:安心しろ。夜伽(よとぎ)の相手をしろなどと言うつもりはない。
黄雲:道楽に興じるほど暇な身ではないのでな。

 背を向ける黄雲。
 槐が弱々しく口を開く。

槐:私は……これからどうすれば良いのじゃ。
黄雲:知ったことか。
黄雲:己の身の振り方は己で選べ。
槐:選ぶ……?
黄雲:元より相応の力は持っていたはずだ。
黄雲:なぜ貴様ほどの女が、このゴミの慰み者でいることを潔(いさぎよ)しとしていたのか……理解に苦しむ。
槐:選んで良いのか……私が。
黄雲:当然。

 一度目を伏せた後、真っ直ぐに黄雲を見る槐。

槐:……ひとつ聞かせよ。
黄雲:何だ。
槐:主の目指す覇道の先は、泰平(たいへい)の世に繋がるのか。
黄雲:真の泰平なる世などはもはや夢物語に過ぎん。
槐:……。
黄雲:だが覇者の下に成される支配には「秩序」がある。
黄雲:我ら「七毒(しちどく)」が新たなる秩序となるのだ。
槐:その言葉に偽りはあるまいな。
黄雲:己の目で確かめればよかろう。
槐:……そうだな。

 槐の目に強い光が宿る。
 寝台から降り、黄雲の元へとひざまずく。

槐:ならば、あなた様の元で確かめたく存じます。
黄雲:……貴様、名は。
槐:槐(えんじゅ)と申します。
黄雲:好きにしろ。己の選んだ道だ。
黄雲:せいぜい悔いを残さんように生きることだな。
槐:はい……黄雲様。
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