カンテラ町の灯【諸行無錠】
カンテラ町シリーズ:2話
 常闇の覆う町、カンテラ町。
 錆びついた看板には「五番街」の文字が揺れている。

 商店の名残がある通りで露店を開く女性の姿。
 店先には種々の「錠」が並べられている。

 品物を前に足を止める者がひとり。
 店主は目を伏せたまま訪れた客人に声をかける。

麻由良:いらっしゃい。
紫雲:こんにちは。珍しい品物が並んでいますね。
麻由良:……。

 店主が頭を上げ、男の顔を見据える。
 たちまち表情に不快の色が浮かんでいく。

麻由良:……何であなたがここにいるのよ。
紫雲:ご無沙汰しております。
紫雲:お元気そうですね。

 深いため息をつく店主の女性。

麻由良:わからないものね。こんな地の果てでも出会うものだわ。
麻由良:ああ……でもよく考えたらあなたにとっては格好の餌場よね。
麻由良:いわば、我欲の坩堝(るつぼ)。
麻由良:昔より肌付きが良いじゃない。
麻由良:さっそく好みのゲテモノにありつけてるの?
麻由良:ねぇ「悪食(あくじき)」。
紫雲:まぁ、そう目くじらを立てないでください。
紫雲:再会を祝する場面ではないでしょうか。
麻由良:祝うどころか呪いたいところだけれど。
麻由良:これ以上「七毒(しちどく)」の連中と顔を合わす気はなかったのに。
紫雲:おや、まだどなたかいらっしゃっているのですか。この町に。
麻由良:「駄犬」が来てるわよ。
紫雲:ああ、彼ですか。
麻由良:相変わらずキャンキャン頭に響く耳ざわりな声。
麻由良:人の居場所に平気な顔して土足で踏み込んでくる。
麻由良:怖気(おぞけ)がするわ、彼の無神経な言動には。
紫雲:ふふ、愛嬌があって私は好きですよ。今はどちらに?
麻由良:商売よ。骨董品(こっとうひん)を売ってるらしいわね。
麻由良:私にはガラクタにしか見えないけれど。
紫雲:なるほど。

 改めて店先の品物を覗き込む紫雲。

紫雲:……見たところあなたも商売をなさっているようですが。
紫雲:これは「錠」ですか?
麻由良:ええ、そうよ。私は「錠前屋」。
麻由良:私の錠は一度かけると二度と開くことはない。
紫雲:開くことのない錠、ですか。
麻由良:おかげ様で繁盛してるわよ。
麻由良:ここは自分の欲望を抑えられない輩が多いものだから。
紫雲:それには同意しますが、何か関係があるのですか?
麻由良:おおありよ。
麻由良:現人(うつせみ)は、はち切れんばかりの欲望を封じ込めるために私の錠を求めるの。
麻由良:封じても封じても、どんどんと胸の内から奔流(ほんりゅう)のように溢れ出てくる。
麻由良:それが生きるということ。
麻由良:生がある限り欲の宿命からは逃れられない。
紫雲:相変わらずあなたの死生観を拝聴するのは心地いいですね。

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