カンテラ町の灯【飽食夢幻】
カンテラ町シリーズ:1話
そこは月の明かりさえ届かない、常闇に包まれた町。
青白い灯をともすカンテラが町の外周に点々と浮かんでいる。
町の郊外には寂れた廃屋がいくつも並んでいる。
軒先の通りを歩いていく一人の男。
紫雲:(その町はいつも薄暗く陰鬱な空気に包まれている。)
紫雲:(骸(むくろ)のような建造物が立ち並び、陽の光は地を照らすことはない。)
紫雲:(常に闇と隣り合わせ。ゆえに住人たちは灯(ひ)をともすのだ。)
紫雲:(青白く光るカンテラに灯をともす。)
紫雲:(彼岸の者から身を守る為に。)
紫雲:(彼岸の者を逃さぬように。)
「カンテラ町」、郊外の一角。
汚れた茣蓙(ござ)の上で横になっている男の姿。
寂れた通りを抜けた男が周囲を見渡しながら歩いてくる。
茣蓙の上で眠る男を目にして声をかける。
紫雲:もし、そこの方。
九厓:……。
紫雲:そこの方、少々よろしいですか。
茣蓙の男が薄く目を開ける。
九厓:……んあ、俺?
紫雲:お休みのところ申し訳ありません。
紫雲:人を探しておりまして。
九厓:見ない顔だな、あんた。
紫雲:ええ、今しがたこの町へ着いたばかりなのです。
紫雲:お恥ずかしい話ですが道に迷ってしまいまして。
眼前に立つ者の顔をまじまじと眺める茣蓙の男。
九厓:ほう、珍しいな、よそ者とは。
九厓:ようこそ「カンテラ町」へ。
九厓:物好きもいるもんだ。
紫雲:噂には聞いておりましたが思っていたより闇が深い。
紫雲:自分が歩いて来た道筋さえも、もはやおぼろげです。
九厓:だろうな。見ての通り郊外にはほとんど灯がともっていない。
九厓:こんなところ歩いてると、けっつまずいて転んじまうぞ。
九厓:なぁあんた、どこから入ってきた?
紫雲:はあ……入口の話ですか?
九厓:そうさ。四方に門があっただろう。
紫雲:確か……南の方からうかがったと記憶しております。
九厓:南……。南だと?
紫雲:はい。
九厓:……。
紫雲:どうかしましたか?
九厓:いや、何でもねぇ。
九厓:人を探していると言ったな。誰だ?
紫雲:「睡蓮(すいれん)」という女性です。
九厓:ほお……あれに何の用だ。
紫雲:ご存じでしたか。
紫雲:息子さんのご病気を診てほしいと頼まれました。
九厓:医者かい、あんた。
紫雲:はい。流れの身ではございますが……。
九厓:そうかい、医者ねぇ……。
紫雲:何か?
九厓:いや。睡蓮か、良い女だぞ、あれは。
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