雨山の僧侶
【登場人物】
僧侶……古い寺でただただ降る雨を見つめるだけの、黒い衣服を身に纏ったお坊さん。
青年……僧侶のところに突然現れた不思議な青年。
(雨が降る山奥。そこにあるボロボロで埃だらけの寺の縁側で、黒い衣服を着た僧侶がぼーっと降り続ける雨を見つめている。そこへいつのまにかやってきていた青年がやってくる)
青年 真っ黒な衣のお坊さん。生憎な天気の中、こんな山奥で何をしているんですか?
僧侶 驚いたな。こんな山奥に人がやってくるなんて。人を見たのはいつぶりだろう……
青年 本当に驚いてます?僕にはそう見えませんが……
僧侶 驚いているか……と言われてしまえば私は驚いていないのかもしれない。驚きどころか、私は感情がどんなものだったのか忘れてしまっているから。
青年 そりゃこんなずっと雨が降ってる薄暗い山の中に1人でいたら感情なんて忘れてしまうでしょう。道ならわかります。よかったらご一緒しませんか?
僧侶 そうしたいところだけど、どういうわけか、私はここから離れることができなんだ。
青年 それはどうして?
僧侶 わからない。何かが私を引き留めているんだ。動くことができない。
青年 不思議ですね……一体何があったんです?
僧侶 それが思い出せないんだ。ここは一体なんなのか、自分は何者なのかもよくわからない。だから私はここで、ただ降り続ける雨を眺めることしかできない。この雨を見ていると不思議と安心するんだ。
青年 雨が好きな人は少ないですが、雨は大切ですよね。川の水も枯れちゃうし、ずっと雨が降らないでいたら草木も枯れてしまう。
僧侶 ……そうだね。
青年 この山ってちょっと前まで雨が全く降らない場所だったそうです。その頃には村もあったりして。
僧侶 村……?
青年 それがいつからか、雨雲が山を覆い続けて、麓の人たちはここのことを「雨山」って呼んでるようで。
僧侶 ……
青年 どうかしましたか?随分険しい顔をしているように見えますけど。
僧侶 ……村……ここには人が住んでいて、雨が降らないことをずっと悩んでいた……
青年 何か思い出しましたか?
僧侶 ……わからない……
青年 実は僕、知ってるんですよ、あなたのこと。
僧侶 どうしてです?
青年 知りたいですか?あなたの過去。
僧侶 ……私は……思い出したい。自分が何者なのかを。
青年 わかりました。それではお教えしましょう。
青年 『一昔前、この山奥には小さな集落があり、山の恵みと共に、人々がひっそりと暮らしていた。山奥でありながら村人たちは何不自由なく暮らしていたが、ある時から全く雨が降らなくなってしまった。雨が降らなければ川の水も枯れて、植物も育たなくなってしまう。村人たちはどうしたものかと途方に暮れていた。そんな時、山を降りて、町へ出ていた男が帰ってきて、黒いてるてる坊主を持ってきた。「これは有名な僧侶から授かった雨乞いのための道具で、これを吊るしておけば、翌日には雨が降ってくる」ということだった。村人たちは早速その黒いてるてる坊主を村の寺に吊るした。翌日、男の言った通り、村の上空を雨雲が覆い、しとしとと雨が降ってきた。村人たちは大喜びし、雨が降る中、笠も被らず村はお祭り騒ぎだったという。しかし、男は村人たちに僧侶から言われた大事なことを伝え忘れていた。「雨が降ったら必ずてるてる坊主に感謝を伝えること。神酒で清め、川に流してやること。これを怠ると、村は大変なことになってしまう」と。
案の定、村は大変なことになった。ひたすら雨は降り続き、植物は光を浴びることができずに枯れてしまった。それだけではなく村の近くでは土砂崩れが起きたり、水害が多くなっていった。人々はこの土地で暮らすのを諦めて山を降りた。寺に吊るされた黒いてるてる坊主を残して……』
青年 つまりあなたは人じゃなくて、黒いてるてる坊主の付喪神だってことだ。
僧侶 あぁ……全て思い出した。私は村の人たちの望みを叶えたというのに、ほったらかされてしまったんだ……悲しかったな……
青年 よし。じゃああなたが記憶を取り戻した記念に一緒に一杯どうだろう?(いつのまにか手元に持っていた2つの盃を僧侶の目の前に置き、神酒を注ぐ)
僧侶 ……用意がいいな。それに昔のことを全て知っていた……君は一体何者なんだ?
青年 まあまあ。僕のことはいいから、いいから。さあさあ、飲め飲め。
(雨の音を聞きながら青年と僧侶は酒を飲む)
青年 ねえ、お坊さん。
僧侶 なんだ?
青年 雨を降らせてくれてありがとう。
僧侶 ……君には関係ないだろう。
青年 関係あるさ。この山に降った雨は川を降って麓の人々の飲み水になっている。お陰で麓の人たちは美味しい水を飲むことができてる。
僧侶 ……(目に涙が溜まっている)
青年 それに、僕は雨が好きなんだ。雨を降らせてくれてありがとう。
僧侶 う、うぅぅぅぅ
(僧侶は涙を流す。青年は僧侶を抱きしめ、背中をさする。)
僧侶 あぁ、そうだ僕はただ感謝して欲しかった。ただそれだけなんだ。
少年 君は使命を全うしたんだ。素晴らしいことだ。ずっと1人で苦しかったろう。もう休んで大丈夫だよ。
僧侶 あぁ。そうさせてもらうよ。それにしても……不思議な人に助けられたな。いや、君も人じゃないのかもしれないね……
(僧侶の体は次第に薄れていき、その場から姿が消える。それと同時に山を覆っていた雨雲が消え、久々に日の光が山を照らした)
少年 (晴れ渡った空を見上げて)あ、虹だ。
(了)
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