巫女の鎮魂歌
詩:『ここはヤマト……もといニッポンの山奥。朝廷も、この頃偉そうにしている侍たちすら知り得ない集落。私たちの村は山や森に住む精霊たちと共にある。精霊たちは人々に知恵を授け、その生き様をただただ見守る。
その存在と人々をつなぐのがここの巫女の役割である。またこの村の巫女は死んだ村人の魂を鎮魂歌によって鎮めるという役割も担う。私はここの巫女になるべく師匠の奏の元で修行をしているのだけど……』
 

奏:もっと心を込めて!声を天上に届けるように!
詩:あ、あぁ〜(弱々しい歌声)
奏:詩、もっと自信を持ちなさい。あなたの霊力は強い。それに精霊や村の人たちの声に耳を傾ける能力は一品だわ。
詩:ありがとうございます!
奏:それなのに……どうして歌だけはこうもできないのかしら……
詩:えへへ。
奏:褒めてないわよ。ここの巫女になるには他の能力があっても鎮魂歌が歌えなければ仕方がないの。私が死んだら一体誰が私のことを極楽へと導いてくれるのかしら?
詩:大丈夫だよ師匠。師匠はまだまだ若い。師匠がおばあちゃんになる頃には私だって流石に鎮魂歌を歌えるようになっているよ。
奏:あなた私がよぼよぼになるまで弟子でいるつもりなの?勘弁してちょうだい。あなたはもう15なのよ。
奏:もう師匠を離れて独り立ちしてもいい頃だわ。
詩:そんなこと言われても……
奏:それに……私もそんなに長く生きてるとも限らないんだから。
詩:え?
奏:元気にしてたと思ったら次の日、朝目覚めたらもう死んでしまっている……そのくらい、人の命なんて儚いものなのよ。
奏:だから私がいつ死んでもいいようにあなたには1日でも早く立派な巫女になってもらいたいの。
詩:…そんなことがあったら、困ってしまうよ。
奏:困ってないで一生懸命修行しなさい。あなたは本気を出せばもっとできるはずなんだから。
 



詩:『奏師匠は赤子の私が村の外れに捨てられているのを拾ってくれた命の恩人でもある。彼女は私の師匠でありながら母親のようにも接してくれた。彼女の期待に応えたい気持ちはある。だけども気持ちだけではどうにもならないものだ。
……最近鎮魂歌の稽古がより厳しくなったように思う。それだけじゃない。彼女はなんだか焦っているようにも見えた。
生き急いでいる。その言葉がしっくりきた。なんだか嫌な予感がした。そしてその予感は見事の的中してしまう。』
 


詩:師匠!師匠!(倒れている師匠を揺さぶる)
詩:『修行を終え、いつものように夕食を取り、日が沈むのと同じく眠りに落ちる。翌朝目を覚ますと師匠の体は冷たくなっていた。』




詩:うぅ……うぅ……(啜り泣く声)
奏:全く、いつまでそうしているつもりなの。修行も最後の仕上げってわけよ。私の魂をあなたの歌で鎮めてちょうだい。
詩:『私たち巫女は強い霊力を持っているため、こうして死んだ者の魂を見ることができるし話をすることもできる。
弟子巫女は師匠の魂を自身の歌であの世へと送り出す。それが完了して初めて立派な巫女となり、村のものたちを引っ張って行くことになる。だけど……』
奏:そんな歌じゃだめね。
詩:師匠……
奏:どうしたの?
詩:師匠はわかっていたんですか?自分の死が近づいていることを……
奏:…まあね。
詩:どうして教えてくれなかったんですか。
奏:あなたに余計な心配をかけたくなかったのよ。詩のことだからどうにかしようとしちゃうだろうし。
詩:それは……確かに。
奏:この世のことは全て精霊様に見守られながら流れているの。流れには基本的には抗えない。特に生死についてはね。
これをどうにかしようとすると良くないことが起こるわ。あなただけに降り掛かればいいけどそうはいかない。おそらくこの村が……この島国全体が罰を受けるわ。
詩:……
奏:あなた、そうなった時にどうにかできる?
詩:それは……
奏:だったら起こったこと全てを受け入れて行くしかないの。私をあの世へと送ることも。
詩:……
奏:あなたの声、いつも以上に迷いが見えるわ。もっと集中して。今やるべきことをしなさい。
詩:……はい。
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