電波の海に言の葉を
電波の海に言の葉を


人物

内田香耶(うちだかや)ラジオ好きの高校生
玉木マコ(たまきまこ)ラジオDJ。声のみの出演


〇舞台は香耶の自室。机の上には勉強道具や時計などが置かれている。部屋のどこかにラジオが置かれている。マコの声がラジオから流れるようにできればベスト。マコの声は誰かに演じてもらい、それを録音したデータを作り、音響オペレーターが本番で流す。



■1

        音楽(ラジオ番組のオープニング)。幕が上がる。
        
マコ  「はい!7月15日木曜日、時刻は午前1時を回りました。皆さんこんばんは。深夜のたまてばこのお時間です。今夜もゆるゆると、まったりしたテンションでやっていきますので、皆さんもテキトーにきいてくださいね。パーソナリティは私、令和の無責任女こと、玉木マコがお送りいたしまーす」

        照明がつく(F・I)。香耶の部屋。

マコ 「さて、今日はのっけからメールを紹介します。これがねー、すっごいながいメールなんだよねえ。これ読むだけで1時間くらい過ぎちゃうかも?なーんてね。それはないか。ラジオネーム、ゴーヤサンプルさんからのお便りです。いつもありがとう。マコさんこんばんは。はいこんばんはー。どうしてもマコさんにお伝えしたいことがあって、メールを送らせていただきました。なにかなー、儲け話だったら大歓迎だよ?違うかー。これからお話するのは、私が今日まで過ごした」

       内田香耶が登場。

香耶  「これからお話するのは、私が今日まで過ごした3か月間の話です。やたらと長くて個人的な内容ですから、没になることも覚悟していますが、それでもどうしても届けたい話なのでこうしてメールを送らせてもらいました。まずは3か月前、私がこのラジオを聞き始めたころのことから話をさせてもらいます」

        音楽。暗転。

■2

        明転。音楽FO
        机に向かって勉強をしている香耶。


マコ  「はーい、(歌手名)の(曲名)を聞いていただきました。4月8日木曜日、時刻は午前1時20分を回りました。さてさて、それじゃあお便りの紹介をしていきましょうかね」
香耶  「自分で言うのもなんですが、私は真面目な人間だと思います。高校は入学以来皆勤賞。授業の予習復習はしっかりやるし、課題も余裕をもって終わらせる。勉強は好きってわけではないけど、嫌いでもありません。将来のことを考えるとやっぱり大学は行っておきたいし、家計のことを考えれば実家から通える国立大に行くのがベスト。そういうわけで、テスト前じゃなくても夜遅くまで机に向かって勉強するのが日課です。ただ、昔から静寂が苦手なタイプで、何かしら音が聞こえないと集中ができないのが難点でした」
マコ  「だれにでも苦手なものってあるよねー。ちなみに私が一番苦手なのはねー、しゃべること。なーんてね」
香耶  「多分、弟が2人いて、毎日のようにねーちゃんねーちゃんって騒がしかったのが原因だと思います。その環境になれちゃったんでしょうね。でも、そんなさわがしい弟はもう居ません。別に死んだわけではないですよ。病気、ですかね。左手を見つめながら静まれ、もう一人の俺の人格、とか呟いてます。ケガしてないのに意味なく包帯を巻いてます。はい、中二病です。はい、2人同時にです。まあ実際に中学生だから順調に成長していると言えるかもしれません。姉としては温かく見守るだけです。話がそれましたが、勉強に集中するためには適度なさわがしさが必要な私にとって、ラジオの存在はうってつけでした。色々聞きましたが、特にマコさんの深夜のたまてばこがお気に入りです。理由は、すがすがしいほど中身がないから。いい感じに聞き流すことができ、勉強に集中しやすいのです・・・と、思っていたのですが、計算外のことが起こります」
マコ  「私が苦手なのは注射です。あー、まあ嫌よね。30年前のことですが、あまりに嫌すぎてお医者さんを殴って逃亡したことがあります。いやー、それはヤバいね。まあ、30年前は子供だったってことで、時効でしょう。ちなみに私はことしで還暦です・・・いや、だめだな。ことしで還暦?てことは30歳でやらかしたの?やばいなー、でも面白い。キーホルダーあげちゃう」
香耶  「くっ・・・面白い。読者からのお便りコーナー。これが私のツボを直撃しました。今まで聞き流していた番組なのに、だんだんと集中して聞くようになり、勉強をする手が止まりがちになりました。しかし、これで済んでいればまだよかった。ここから状況はさらに悪化します。毎週毎週、ラジオから流れる面白いリスナーの投稿を聞き続けた結果、私が一体どうなったか・・・」
マコ  「深夜のたまてばこでは、面白いエピソードを24時間365日募集してます。気軽にハガキ、ファックス、メールで送ってねー。宛先は・・・(FO)」

        ペンを手に取る香耶

香耶  「そう、私は『自分も投稿してみたい』と思うようになったのです。面白いエピソードを投稿して、マコさんに読んでほしい。そしてキーホルダーをゲットしたい。気が付けば勉強よりもお便りコーナーのネタを考えることに時間を費やすようになっていました」
マコ  「はい、きょうのお便りは以上です。みんなありがとうー。来週も送ってねー」
香耶  (机を叩く)「今週も、読まれなかった・・・これまでの人生、私はあらゆることをソツなくこなしてきました。勉強もスポーツも人並み以上の結果を残しましたし、人間関係で悩んだこともありません。先生からの信頼も厚いと自負しています。そんな私がラジオの世界では賞賛を得られない。山ほどメールを送っても、一向に読まれることはなく、没をくらうばかり。屈辱です」
マコ  「はい、では今週の最優秀投稿、MVPを発表します。やっぱこいつだろうなー。ボーズデンキの投稿に決定です。今週も面白かったよー」
香耶  「やっぱりボーズデンキさんか・・・ボーズデンキさんはお便りコーナーの常連中の常連。独特の視点と軽妙な語り口、わずかに毒を含んだその投稿は確かに面白い。その才能に当初は嫉妬していましたが、最近は尊敬の念を抱いています。これまでは、尊敬する人は?と聞かれたら両親とかマザーテレサとか答えていましたが、今ならボーズデンキさんと答えてしまうでしょう。それほどまでに私の心をつかんで離さない、憧れの存在でした」
マコ  「ボーズデンキはこれで5回目のMVP受賞なので、金のキーホルダーを贈ります」
香耶  「金のキーホルダー・・・それはリスナーにとって最大の勲章。金って言っても純金ではないのは分かっています。ただ金色に塗っただけでしょう。資産的価値はないでしょうが、面白い投稿を沢山したという証、武勇伝。ほしい。ネットオークションで出品されていたら思わず買ってしまうかもしれないほどに・・・でも、今の私には分不相応な代物。まずは投稿を読んでもらうこと。全てはそれからだ。決意を新たに、私はますますネタ投稿に熱を入れていました」


■3

香耶  「そんな私に、千載一遇のチャンスが訪れました。学校で、めったにみれないおもしろエピソードと出くわしたのです。それは1時間目の英語の授業の時でした。む・・・ここはプライバシー保護のためにM先生としておきましょう。M先生は身だしなみに無頓着で、Tシャツを後ろと前に逆に着ていたり、Yシャツを裏返しで着ていたりするような人でした。この日も後ろ前逆で登場しました。ただし、その日逆だったのは服ではありません。後ろ前逆で身に着けていたのは・・・カツラでした。むしゃ・・・M先生のカツラ疑惑はクラスメイトの間では有名でした。常に、どんな時でも変わらない髪型。風が強い日は頑なに外に出ないこと。私たちの抱いていた疑惑が間違っていなかったことがこの日証明されたのです。その日の授業はまさに地獄でした。シャツを裏返しにきていたり、前後逆に着てるくらいなら生徒も笑って指摘できます。しかし、『先生、カツラ前後逆ですよ』なんて誰が指摘できますか。むしゃのこうじ・・・M先生は、ずれたカツラに気づくことなく授業を進めます。先生の頭を見なければ我慢できそうなものですが、むしゃのこうじさねとも・・・M先生は発音にこだわりを持つ英語教師。正しい発音でしゃべるための口の形を実演し、生徒にしっかり見ることを求めます。ルックルックとか言ってきます。きょうばかりはルックするのは勘弁してくれ、クラス全員が思っていました。M先生の口をみれば、いやでもその上の、頭が目に入ります。M先生は生徒想いの良い先生なんです。傷つけたくない。私たちは太ももをつねったり、飼っていた犬が死んだときのことを思い返したりしながら必死で笑いをこらえました。永遠とも思える50分が過ぎ、授業は無事に終了。M先生は笑顔で教室を後にしました。私たちは先生の心を傷つけず、名誉を守ったのです。誰一人として言葉を交わすことはありませんでしたが、クラスが1つになった。これ以上ない充実感を味わいました・・・しかし残念ながらM先生は、午後に学校を早退しました。誰も理由は聞きませんでした」
香耶  「文章を書き終え、私は確信しました。イケる、と。これまで数多くのネタを投稿してきましたが、今回のこれは手ごたえが違う。しかも来週のメッセージテーマは学校で起きた面白エピソード。このネタを送らない理由があるだろうか、いや、ない。私は自信を持ってメッセージを送信し、次回のオンエアを心待ちにしていました」

        音楽
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