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喫茶・浜木綿の風「目指す先」

（ボイスドラマ・舞台演劇）

【ラジオドラマ】喫茶・浜木綿の風　
「目指す先」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作：澤根孝浩

−登場人物−
・ナレーション
・河原崎　美加（３６）
・木野　宏大　（４２）

ナレ：浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。木曜の午後二時、店内には、店主　　　の河原崎美加の他に、一人の男性がいた。テーブル席で書類を広げて、黙々とペン　　　を走らせている。近くにある自動車会社の部長である木野宏大、四十一歳である。　　　その席に河原崎美加がコーヒーをそっと置いた。

（ＳＥ）コーヒーを置く音、カットイン。

木野:……あ、ごめんね。散らかしてしまって。
美加：いえいえ、どうぞ自由に使ってください。
木野：ずっと会社の机に向かっていると、アイデアも煮詰まってしまってね。申し訳ない。
美加：ご覧のとおり他にお客様もいらっしゃいませんし、お気になさらないでください。　　　そうだ、お祝いを申し上げてませんでした。ご昇進おめでとうございます。お若い　　　のに、あんな大きな会社の部長さんなんで凄いです。
木野：若いって、私はもう四十過ぎだよ。
美加：お若いですよ、十分。
木野：そうかな。まだ若い、か。だったらいいんだけどね。時々、自分の目指す先を考え　　　ると、残された時間の少なさに焦るんだよ。
美加：目指す先っていうと会社のトップですか？
木野：いやいや、そういうことじゃないよ。
美加：木野さんの会社の方もよくお越しいただくんですが、十年後は木野さんが社長だっ　　　てよくお話されてますよ。みんな嬉しそうに……あ、ごめんなさい、余計なことば　　　かり言ってしまいました。
木野：それはいいんだけどね……。
美加：どうかされました？
木野：社長になるには、私は自動車のことで頭がいっぱい過ぎるなと、ふと思ったんだ。
美加：それじゃ駄目なんですか？
木野：駄目というか、社長になったら、より広い視野で考えなくてはならないし、付随す　　　ることに振り回されることも今よりも多くなるし。
美加：なるほど。木野さんは、自動車のことが大好きなんですね。
木野：それがそうでもないんだ。今はともかく、以前は自動車のことが大嫌いだった。実　　　は、この会社に入ったのも自動車が大嫌いだったからなんだ。
美加：え、そうなですか？　なぜ嫌いな自動車メーカーに入社したんですか？
木野：私は中学三年のときに、父を自動車事故で亡くしてるんだ。
美加：え……。
木野：自慢の父だった。身体が大きくて、スポーツ万能で、優しく、公正だった。いつか　　　自分も父のような男になりたいと思っていた。でも、歩道の乗り上げて突っ込んで　　　きた一台の自動車には勝てなかった。
美加：お辛かったですね。申し訳ございません。不躾なことばかり。
木野：もう昔のことだから。美加さん、一年間で交通事故で亡くなる方の人数知ってる？
美加：いえ、存じ上げないです。
木野：約三千五百人。
美加：そんなに。
木野：これでも、減ってきてたんだ。父が亡くなった当時は、一万人近くの方が交通事故　　　で命を失ってた。ひどい話だ。
美加：交通事故では誰も幸せになりませんね。
木野：その通りさ。だから、私はこの会社に入った。大好きだった父親の命を奪われてし　　　まったことが許せなくてね。より安全な自動車を作りたくてさ。その一点なんだ、　　　入社したときも今も。人事異動で開発の仕事から離れた時期もあったけど、その度、　　　自分の希望が通るように努力してきた。そして、開発を統括する部署の部長になれ　　　た。だから、私はここで腰を据えて仕事が出来たらこれ以上のことはない。
美加：いつか交通事故で悲しむ人をゼロに出来ますか？
木野：理想論とかスローガンでなくて、真剣にそうしたいと考えてるよ。いや、今はその　　　責任があるな。
美加：もしかして、先ほどおっしゃってた目指す先というのは……。
木野：あぁ、気取って聞こえるかもしれないけど、交通事故の無い世界を作る自動車を生　　　むこと、だよ。
美加：素敵です。木野さんなら、きっと実現出来ますよ。
木野：ありがとう。頑張るよ。
美加：でも、やっぱり、社長になるべきです。
木野：またその話かい？　私には向いていないよ。
美加：木野さんが社長になれば、社員さん全員と木野さんの持つ情熱や目指す先を共有で　　　きるはずです。もしかしたら、会社の枠だって越えて、もっと多くの人たちと共有　　　できるかもしれません。
木野：……。
美加：ごめんなさい。今日はずけずけと言ってばかりで。
木野：そんなことはないよ。ありがとう。視野の話をしていたのに、私自身の視野が狭か　　　ったみたいだ。
美加：私、待ってます。交通事故の無い世界を作る安全な自動車。
木野：うん。
ナレ：そう言うと、木野宏大は、出されたコーヒーにようやく口をつけた。少し冷めてし　　　まったが美味しい、と河原崎美加に微笑んだ。河原崎美加役、○○○○、木野宏大　　　役、○○○○○、ナレーション、○○○○、脚本、澤根孝浩、製作、○○○○でお　　　送りしました。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ

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