喫茶・浜木綿の風「電気屋さんの愛」
(ボイスドラマ・舞台演劇)
【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風
「電気屋さんの愛」
作:澤根 孝浩
−登場人物−
・ナレーション
・河原崎 美加(36)
・土田 敬吾 (27)
ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。近くにある家電量販店に勤める土 田敬吾がコーヒーを飲んでいる。店主の河原崎美加は心配そうな顔で店内のエアコ ンを見つめていた。
土田:一言で言えば、もう寿命かな。買い換えちゃいなよ。今のエアコンの方が断然省エ ネだしさ。修理代もずいぶんかかるしね。あ、念のため言っとくけど、別にうちで 新しいの買ってもらいたくて言ってるわけじゃないよ。
美加:私がこの店の始めたときら付いてたものだから、なんか寂しくて。
土田:え? エアコンが変わるのって、寂しいの?
美加:寂しいでしょ、ふつう。
土田:いやいやいや。
美加:……はぁ、がっかりです。
土田:はい?
美加:土田さんはもっと電化製品を愛してるのかと思いました。
土田:そんなこと言われてもなぁ。エアコンはエアコンだし。愛せないでしょ。
美加:土田さんは電気屋さんで働くようになって何年ですか?
土田:えぇ? 高校出てすぐだから、もうすぐ十年かな。
美加:これまで何台のエアコンを売ってきました?
土田:覚えてるわけないじゃん。
美加:だから、駄目なんです。商売をするってことは、その売るモノを愛するってことな んですよ。覚えてるわけないじゃんって簡単に言っちゃう人からモノを買う人なん ていませんよ。
土田:まぁ、確かに店長からは、もっと一生懸命売れって言われるけど。
美加:ほら。
土田:ほらって言われても。店長は別に電化製品を愛せとは言ってないから。
美加:同じ意味なんです。
土田:でも、電化製品を愛してないかもしれないけど、お客さんは大切にしている。うん、 愛してるって言ってもいいくらい。……えっ、何、その疑わしそうな目は?
美加:今までの話を聞いていると、信じられません。
土田:……じゃ、一つ、話をするから、それで判断してよ。
美加:話ですか?
土田:うん、準備はいい?
美加:どうぞ。
土田:よし、先週の金曜日の話なんだけど、その日は、休みで家でのんびりしてたんだ。 昼過ぎかな、知らないおばあちゃんから携帯に電話があってさ。あ、携帯番号は店 長が店にきたそのおばあちゃんに勝手に教えたんだけどね。
美加:知らないおばあちゃんですか? おばあちゃんはどんな用事だったんです?
土田:去年亡くなった旦那さんの使っていたデジカメが出てきたんだけど、壊れていて中 の写真が見られないっていう相談でさ。うちで買ったもんじゃないんだけど、買っ た店に持って行ったら、もう古いし、メーカーでの修理も受けられないって断れた んだって。それでも諦められないから、なんとかならないかってうちの店に相談に 来たんだ。店長も頑張ったんだけど、駄目でさ、急ぐようなら、こいつに電話して 相談してくださいって、俺の携帯番号を渡したんだよ。
美加:でも、なんで土田さんなんです?
土田:まぁ、俺が店でこういうのは一番詳しかったからかな。あと、押しつけやすかった からじゃない。
美加:土田さん、優秀なんですね……もしかして、店に行って、直してさしあげたんです か?
土田:行った、行った。で、話を聞いたら、デジカメ自体は、もうバラバラになってもい いっていうから、ダメ元で解体してみたんだ。そしたら、運良く記録媒体が見つか ってね、写真のデータを抜き出せたんだ。
美加:すごい、プロみたいですね。
土田:まぁ、プロなんだけどね、一応。
美加:あ、そうでしたね。すいません。
土田:いいんだけどさ。
美加:ところで、出てきた写真は何が写っていたんですか?
土田:聞きたい?
美加:聞きたいですよ、もったいぶらずに教えてください。
土田:仕方ないなぁ。……写真は全部で二十枚くらい残ってたんだ。その全部がおばあち ゃんの写真だった。旅先の旅館で休んでいるときのや、近所を散歩してるとこ、ソ ファでうたた寝してる写真、どれもおばあちゃんが気付いてないときに、こっそり 撮ったものばかり。……良い盗撮っていうと変な感じだけど、なんかさ、どの写真 もいいんだよね。しみじみとしてて。
美加:おじいさんは、きっとおばあさんのことを大切に思ってたんですね。
土田:それは間違いないと思う。
美加:写真を見たおばあさんはどうでした?
土田:泣いてた。静かにね、泣いてた。
美加:……土田さん、偉い。
土田:へへ、見直した?
美加:見直しました。正直、土田さんのこと、なんでもっとビシっとしないんだろうって 思ってましたけど、今日の話を聞いて、土田さんの良さが少しわかったような気が します。
土田:えっと、そんな風に思われてたの、俺? それに、少ししかわからなかったんだね、 俺の良さ。
美加:人の評価っていうのは積み重ねですから、それは。
土田:厳しいな、美加さんは。そうだ、一個聞いていい?
美加:何です?
土田:さっき、俺にこれまでに売ったエアコンの数を聞いたけど、美加さんはこれまでに 出したコーヒーの数、覚えてるの? 当然、コーヒーを愛してるんだろうから。
美加:……当たり前じゃないですか、そんなこと。
土田:じゃ、何杯?
美加:ふふふ……。
土田:ちょっと笑って誤魔化さないでよ。
ナレ:二人の笑い声が店内で温かく響いた。河原崎美加役、○○、土田敬吾役○○、ナレ ーション、○○、脚本・澤根孝浩、、製作、○○○○でお送りしました。
END
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