喫茶・浜木綿の風「旅立ちの朝」
(ボイスドラマ・舞台演劇)
【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風
「旅立ちの朝」
作:澤根 孝浩
−登場人物−
・ナレーション
・河原崎 美加(36)
・藤田 睦美 (27)
ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。よく晴れた金曜日の午前7時、店 主の河原崎美加が開店準備のため、入口のカーテンを開けた。すると、カーテンの 向こう側、ガラス戸に一人の女性が店内を覗いている姿が飛び込んできた。
美加:きゃぁ! ……え? え? あれ、睦美さん?
ナレ:覗いていたのは、週に二度、三度と足繁く通う常連客の藤田睦美だった。「浜木綿 の風」の近くにある大きな自動車会社でシステムエンジニアをしている二十七歳の 女性である。
(SE)扉を開ける音、カットイン。
睦美:ごめん、ごめん。タイミングが悪かったね。
美加:いえいえ、すいません。大きな声を出してしまって。……でも、こんな朝早い時間 に珍しいですね。何かあったんですか?
睦美:うん、それがさ、なんていうか、急に引っ越すことになっちゃって……。
美加:え、お引っ越しですか?
睦美:うん、急な転勤で……。
美加:ともかく入ってください。コーヒーを飲む時間くらいはあるんですよね?
睦美:あ、うん……
(SE)コーヒーを入れる音、カットイン。
睦美:はぁ……やっぱ美加さんの入れるコーヒーは最高だね。
美加:ありがとうございます。でも、残念です。睦美さんがこの街を離れるなんて。…… ずいぶん長く通っていただいたのに。
睦美:長くといっても、五年くらいだよ。あのときは、今とは逆で浜松に引っ越してきた ばかりの頃だったんだよね。知り合いもいなくて、就職した職場にも慣れなくて、 気持ちも落ちていたんだ。毎日、仕事行くが嫌で嫌でさ。直属の上司が厳しい人で、 毎日毎日怒られて、泣いてばっか。ある日、どうにもならなくて、仮病で会社を早 退してさ、でも、そのまま家に帰りたくなくて、目に入ったこの店に入ったんだも ん。
美加:よく覚えてますね。五年も前にもなるのに。
睦美:えっ、美加さんは覚えてないの? 美加さん、私を励ましてくれたじゃん。
美加:私がですか? 励ましたんですか?
睦美:もぅ、ひどーい。本当に覚えてないの? 『大丈夫ですよ、大概のことは時間が解 決してくれます』って、のんきに言ってさ、確かミートソースのパスタをサービス してくれた。
美加:違います、サービスで出したのは、ナポリタンです。
睦美:なんだぁ、ちゃんと覚えてるじゃない。
美加:ははは。もちろんです。忘れるもんですか。
睦美:意地悪だなぁ。
美加:ごめんなさい。
睦美:でも、本当だったなぁ。
美加:何がです?
睦美:あの頃悩んでた多くの事はさ、時間が解決してくれた。大の苦手だった上司とは今 じゃ、毎週のようにお酒を飲みに行って馬鹿騒ぎしてるし、この街で友達もたくさ んできた。……まさか、こうやって、この街を離れることがこんなに悲しくなるん て思わなかった。だって、あの頃は、すぐにでも浜松から逃げ出したかったんだか ら。
美加:いえ、私が間違ってました。解決したのは時間じゃありません。睦美さんの真っ直 ぐな気持ちです。
睦美:真っ直ぐな気持ち?
美加:ここで睦美さんのお話をたくさん聞いてきました。苦手だった上司の方に本音でぶ つかっていったことや、海を綺麗にしたいって海岸清掃のボランティア活動に参加 したこと、この街のいろんな所に出かけていること、いろいろ、いろいろ。睦美さ んが真っ直ぐな人だから、人と出会って、人の心を動かしたんですよ。時間が自然 と解決してくれたわけじゃありません。睦美さんは睦美さんだから、辛いことも乗 り越えられたし、大切なものも生まれたんです。
睦美:……やめてよ、美加さん。ますますこの街から離れずらくなっちゃうじゃん。
美加:私が言いたいのは、大丈夫、ってことです。睦美さんなら新しい街でもきっと大丈 夫。時間のかかることはあるかもしれませんけど、その真っ直ぐさを忘れないで、 胸を張って、新しい扉を開けてください。
睦美:……ありがとう。やっぱ美加さんに報告に来て良かったよ。
ナレ:それから暫く、二人はこの五年間の思い出話に花を咲かせた。河原崎美加役、○○、 藤田睦美役、○○、ナレーション、○○、脚本、澤根孝浩、製作、○○○○でお送 りしました。
END
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