夕闇の川のざくろ
「夕闇の川のざくろ」
江國香織原作 結城翼 脚本・脚色
しおん・・・・
翠(みどり)・・
台所。
中央には大きなテーブルがある。
白い籐の籠にザクロが山盛りにある。
シチューの準備をしている2人。
夕方の曖昧で暖かいような淋しい光が差し込んでいる。
手を止めて。
しおん:人なんてもともとほんとじゃないのよ。
翠 :え?
しおん:そういうこと。
にんじんとタマネギをざく切りする。
みやって。
翠 :しおん、というのが彼女の名前でした。
しおん:ベビーブルーのおくるみにくるまれて、小さな籠に仰向けに寝かされて、山の麓の貧しい村の、お地蔵様の足元に捨てられていたのよ。最初の記憶は、曇り空と枯れた木の枝、それに飛んでいく大きなカラスの姿だったわ。
じゃが芋の皮をむくしおん。
間。
翠 :どうして捨てられちゃったの。
しおん:醜かったから。ほら。
じゃが芋の皮が少し不細工。
しおん:少し不細工ね。
手も休めずに切っている。
しおん:漁師の夫婦に拾われたの。だんなさんはカマスにそっくり、おかみさんの方はカレイにそっくりだったわ。二人とも心根は優しかったけれど、なにしろとことん貧乏だったから行かされたの。
翠 :どこへ。
しおん:毎朝裸足で魚の行商に行かされたの。天秤棒のせいで肩はれてぱんぱん。おかげ肩はいつも、青黒くはれていたわ。
翠 :まって。
しおん:何。
翠 :山の麓の村なのに漁師がいるの?
むっとして。
しおん:海もあるのよ。
タンと強く切ってざく切りを終わる。
翠 :もういいんじゃない。
量を見て。
しおん:そうね。
翠 :多すぎるよ。
しおん:じゃ、お肉炒めるわ。
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