PSY・SAY【朗読】
PSY・SAY
《登場人物》
冨樫桃華
天使(=杉森楓)
SCENE1
暗闇の中に浮かび上がる、二脚の椅子。
その前には、マイクと、二冊の本が置かれている。
桃華が登場。
恐る恐る椅子に座り、辺りを見回す。
桃華とは別の方向から天使が現れる。
天使は桃華に近づき、隣の椅子に座る。
天使は桃華に、本を開いて読むように促す。
桃華、よく分からないままに本を開いて読み始める。
桃華 私は冨樫桃華。ついこの前三十ウン歳になったばかり。独身。職業、一応女優。小さな劇場を中心に活動中。自主制作映画やテレビの再現映像の仕事もちらほら。勿論それだけじゃ食べられないから、バイトを掛け持ち。そんな生活が続いたある日、少し大きな舞台のオーディションに合格した。嬉しかった。何しろキャパ千人だ。役はそれほど大きくはないけれど、台詞はそれなりにある。私は張り切って稽古した。このご時世なので、稽古場ではコロナ対策が万全に取られていた…筈だった。
天使 それなのに?
桃華 …それなのに、私はコロナに罹った。最初は少し怠いだけだった。ちょっと疲れているんだろう位に思っていた。ところが、ある日の稽古場で、急にあの発表があったのだ。
天使 アンドレイ役の大塚さんですが、お友達がコロナに感染し、濃厚接触者ということで、PCR検査を受けていただきました。結果は、陽性でした。
桃華 「何だって?」私は焦った。
天使 今のところ大塚さんには目立った症状はなく、元気だそうですが、念のためご自宅で待機していただいています。ついては、ここにいる全員が濃厚接触者になりますので、PCR検査を受けていただくことになりました。結果が判明するまで、稽古は中止にします。
桃華 「マジかよ。せっかく掴んだチャンスだったのに。せめて延期であって欲しいな。」私はまだ他人事だった。けれど、それから数日で、私の体調は劇的に悪化し、とうとう救急車で病院に担ぎ込まれる事態になった。
天使 PCR検査は陽性でした。血中の酸素濃度が極端に下がっています。人工呼吸器を装着します。
桃華 生まれて初めて、私は呼吸を機械に委ねた。それでも十分苦しかった。だんだん意識もはっきりしなくなってきた。
天使 冨樫さん、聞こえますか?冨樫さん?
桃華 誰かに呼ばれたような気もするけど、私には返事をする気力もなかった。気が付くと私は…
天使 冨樫さん?聞こえていますか?聞こえたら返事をして下さい。
桃華 私は、どこだか分からない荒涼とした原野を歩いていた。少し離れた場所に大きな川があるらしく、ごうごうと水の流れる音が聞こえていた。川面には川霧が立ちこめていて、白い霞がまっすぐに続いていた。一体私はどこにいるの?私はなおも…
天使、桃華の頭を叩く。
桃華 痛っ!
天使 さっきから呼んでるでしょ。何無視してんのよ。
桃華 えっ、看護師さんの声じゃなかったの?
天使 私よ。
桃華 …あなたは?
天使 看護師さんは白衣の天使でしょ。私は、白衣を脱いだ、ただの天使。
桃華 えっ?
天使 あなた方人間の魂を天国へと導く、天使、エンジェルです。
桃華 ってことは、私は死んだの?
天使 まあ、簡単に言えばそういうことかな。
桃華 嘘でしょ。
天使 信じる、信じないは自由だけど、少なくとも今、あなたの体と魂は切り離された状態。
桃華 そんな…
天使 それが証拠に、あなたは今自分の言葉を持たない。その本から目を離して喋ってごらん。
桃華、本から目を離して、何か言おうとするが、何も言葉が出てこない。
天使 ほらね。
桃華、再び本に目を落とす。
桃華 どうなってるの、これ?てか、ここは一体どこなの?
天使 ここはあの世とこの世の境界線上にある「踊り場」。ここではみんな、生きていた時に持っていた偽者のあなたの言葉を捨て、本当のあなたの言葉を手に入れる。
桃華 本当の私の言葉…。それが、この本に書かれているってことね。
天使 そう。この世で言おうとして言えなかったこととか、思ってもいなかったこと、思っていたことと正反対のことも、ここで話される。
桃華 しかし、これで終わりかと思うと、私の人生もあっけなかったな。中身がスカスカで、実りというものが何もない人生だった気がする。
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