ユダの監房
             「ユダの監房(おり)」
                                揚誉
  
  ~登場人物一覧~
    
     イチノミヤ・コースケ(40代後半)
       ・・・元・種苗企業「ハイナル・カンパニー」の主任技術研究員。
 
 
  舞台上は真暗闇。
  ゆっくりと溶明。
 
  そこには、男が一人、粗末な木製の丸椅子に座って、うつむきながら頭を抱えているのが見える。
  男は、種苗企業「ハイナル・カンパニー」の主任技術研究員だった、イチノミヤ・コースケ。
 
  イチノミヤ (頭を上げて)やあ、来たのかい? 酔狂な人だな、あんたも。俺が、イ       
        チノミヤだ。種苗企業「ハイナル・カンパニー」の主任技術研究員だっ           
        た、イチノミヤ・コースケだよ。よろしく頼むよ。(頭を下げようとする                     
        が、途中で頭を上げて)ん? ・・・ああ、分かった。分かったよ。そうだ 
        な、それは確かにそうだ。世界(せかい)統合(とうごう)政府(せいふ)から任  
        命されてやってきた精神科のお医者様に、酔狂って言葉は失礼だったよな。     
        すまなかった、謝るよ。この通りだ。申し訳なかった。(深々と頭を下げ
        て、それから頭を上げて)でもな、これでも歓迎しているつもりなんだぜ。
        何せここは、人っ子一人寄り付かない、悪夢の科学者監房だ。こんな地獄に
        足を踏み入れてくれるだなんて、例え仕事だったとしても、うれしいものな  
        んだよ。(微笑んで)・・・そうさ。ここが、俺の城ってわけさ。(両手を
        広げて)見てくれ、椅子と机、ベットとトイレと監視カメラ。本は一人5冊
        まで。その中には必ず聖書を含む(薄笑いを浮かべる)。・・・ああ、確か
        に。聖書を笑っちゃまずかったよな。でもな、大切には扱っているつもりな
        んだぜ。神父の話もできるだけ耳に入れるようにはしているし・・・。あ
        あ、そうだな。すべて、だったな。全くそうだ。その通りだ。(気まずそう  
        に)で、今日のご来訪の目的は? ・・・ほう、答える必要はない。なるほ
        ど、そうか、そういうことか。・・・まあいい。まあ、いいさ。分かった。
        大丈夫だ。俺の責任能力をしっかりと判断してもらえるなら、何の問題もな
        い。そうさ、何の問題も・・・。何? 裁判? いや、まだ何も連絡は来て
        いないが・・・。(困惑の表情を見せて)そりゃあ、まあ、そうだろうな。
        公判日程は未定、弁護士は国選、裁判は非公開、誰だって、疑心・・・。
        (少し動揺した様子を見せて)いや、いやいや、だからな、だからといって
        な、不満ばかり募っているってわけじゃない。例え、どんな境遇に翻弄され
        ようとも、喜びはどこにでも転がっているものさ。そうだろう? (ため息
        をついて、つぶやくように)・・・ああ、毎日手を合わせているさ。祈って
        いるさ。死者を悼むのは当然のことだろう? ・・・反省?(薄ら笑いを浮
        かべて)何を言っているんだ?(突然、何かに気付いたかのように)あ! 
        いや、すまない。そうじゃない。そうじゃないんだ。今のは撤回する。聞か
        なかったことにしてくれ。すまない。本当にすまなかった。
 
  イチノミヤは、大げさに頭を下げる仕草を見せる。
  雷鳴が鳴り、イチノミヤは、おびえたように天を見上げる。
 
  イチノミヤ (頭を下げて)・・・なあ、先生、俺は参っているな。多分、参っている
         んだ。いや、間違いなく参っている。(少し考えて)・・・なあ、笑わな
        いって約束してくれるか? ・・・ああ、分かった。笑い話にうつつを抜か   
        すためにここに来たわけじゃないもんな。当然のことだからな。でも、少し
        だけ、聞いて欲しいことがあるんだ。これは、大事なことなんだ。・・・す
        まない。恩に着るよ。実はその、俺が、心底参っている、その、本当の理由
        のことなんだが・・・。音が、聞こえてくるからなんだ。・・・(顔をしか
        めて)違うよ。心神喪失なんか狙っちゃいないさ。本当に聞こえてくるんだ
        よ。まるでその、何というか、(何かを考え込んでいる様子で)・・・俺
        を、地獄の底にひきずりこもうとするかのような。・・・ん?薬だって? 
        (微笑んで)有難いことだが、それは遠慮させてもらうよ。この音は、俺の
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