文左衛門と綱吉
○第1場
江戸時代、裕福な商人の家。
戸が開き、菊の孫のきんとぎんが家の中へ。
きん 「おばあさま、ただいま戻りました」
ぎん 「忠臣蔵のお芝居、素敵でしたよ。おばあさまもいらっしゃれば良かったのに」
菊 「きん、ぎん、おかえり。寒かったでしょう。さあ、こちらに来て温まりなさい」
菊が煙管から灰を落とす。煙管で煙草盆の灰吹きを叩くポーンと音が響く。
ぎん 「おばあさま、煙草を吸っていらしたのですね」
きん 「その煙管、古いものなのでしょう?」
菊 「ええ、綱吉様のご時世から使っているものですから」
きん 「綱吉様、忠臣蔵にも出てきました」
ぎん 「犬ばかり大事にするひどいお殿様でしたよ」
菊 「ほほほ、お芝居ではそういうことになっていましたか」
きん 「本当は、ちがうのですか?」
ぎん 「綱吉様は、悪いお殿様ではなかったのですか?」
菊 「では、芝居帰りのきんとぎんに、婆が昔話を聞かせてやりましょう」
別の空間。
江戸湊の河岸。
波の音が聞こえる。
菊 「元禄八年、十一月五日早朝。江戸湊の河岸、大きな倉が並ぶあたりで、覆面のお侍たちと船乗りたちの争いがありました」
男たちが激しく言い争っている。
菊 「些細なきっかけで始まった小競り合いでしたが、若い船乗りがあるお侍の覆面を奪った途端……」
平野庄三郎が覆面1の覆面を奪う。
覆面1は後ろ向き。観客から顔は見えない。
覆面1「顔を見られた……ひとり残らず殺せ」
覆面2「はっ」
船乗りたちが次々に斬り殺さる。
平野、覆面1と覆面2に追われて転ぶ。
平野 「うわああ」
五十嵐道明が平野の前へ飛び出す。
五十嵐「庄三郎、おまえは逃げろ」
菊 「年若い平野庄三郎を庇ったのは、隻眼の老人、五十嵐道明でした」
五十嵐「五十嵐流の神髄、柄取り(えどり)を見せてやろう……はあっ!」
五十嵐、覆面2の刀を奪う。
覆面2「私の刀が……?」
呆気にとられる覆面2。
覆面1が五十嵐に斬りかかる。
覆面1と五十嵐の剣戟。
覆面1「船乗りとは思えぬ太刀筋……貴様、何者だ?」
五十嵐「ただの海賊だ、今はな」
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