エピメテウスの火
〇タイトル 「エピメテウスの火」

〇上演の形式
・古代ギリシア悲劇の形式で、プロロゴス→パロドス→エペイソディオン→スタシモン→エクソドスの順番で上演される。エペイソディオンとスタシモンは繰り返される。
・コロスの部分はメロディーをつけず一斉に発声するだけでよい。
・仮面劇として上演しても可であり、その場合仮面を付け替えることで1人の役者が複数の
 役を演じても構わない。(ギリシアの古典劇の上演形式)

〇時
 現代の文明が放射能汚染と戦争によって崩壊してから1万年ほど後の世界。

〇場所
 ユーラシア大陸のどこか。

〇舞台配置
・集落の広場 廃墟の中の広場。舞台中央奥に高くなった壇がある。
・放射性物質の廃棄場「オンカロ」 棘のような禍々しい構造物が林立し(シルエットで可)、中央にはコンクリートの建物があって、朽ち果てた扉がある。そこが地下への入り口になっている。

〇登場人物
アシリアペ  若者。神話が伝えるかつての人間の文明を取り戻すため「宇宙の火」を手に入れることを考える。
エアテ   アシリアペの友人。
ユマラ       村の長老。六〇歳ほど。
ウシル   ユマラの息子。
アペフチ   老婆。村の預言者。
コロス   コロスは若者を中心とするAと、中高年を中心とするBに分かれる。特に指定がない場合は全体。コロス1などと数字の指定があるセリフは、コロスの中の誰かが一人で言う。

プロロゴス
    風の音。舞台中央奥壇上にユマラが杖を持ち歩み出てくる。

ユマラ   聞け。遠い時代、遠い土地に住む人々よ。我ら人間と、火の物語を。
    世界がまだ若かりし頃、人間は未だ火を持たず、大地の母の乳房(ちぶさ)にすがり、昼は太陽の下、夜は月明りの下で、神々と語り合ったという。
    しかし人間はやがて自ら神々のごとくあらんとし、神々から天の火を盗んだ。その火をもって、人間は兄弟たる動物たちを焼いて喰らい、大地の母の緑の髪の毛を焼き払い、その胸を刃物で切り裂き畑に変え、それまで与えられてきたものを奪い取った。大地の母の血を燃やして地の表(おもて)、水の表、更には大空までをも駆け巡り、神々の住まう天にまで至らんとした。大地は人間の罪に穢(けが)れ、神々との絆は断ち切られた。
    ついには人間は、大地の奥底に秘められしもう一つの火を見つけた。それこそが宇宙の火。天の火よりも激しく燃え、人間はその火をもって夜を昼に変え、冬を夏に、夏を冬に変えた。
    しかし宇宙の火は、その燃え滓(かす)までが恐ろしい毒を放つ、悪魔の火であったのだ。人間はその毒を恐れ、大地の奥底に穴を掘り、そこに宇宙の火の燃え滓を埋めた。大地はそのために怒りに震え、地の表にあった人間の町は崩れ去っておびただしい人間が死んだ。人間の手の内にあった悪魔の火は、もはや閉じ込める者もなくあふれ出し、大地は不毛の土地となり、海は悪臭を放つ死の海へと変わり果てた。あまつさえ人間は、残された土地を悪魔の火を武器に奪い合い、かくしてその土地も焼き尽くされた。かつて大地を満たした人間は、今やわずかな者が大地の片隅にへばりつき生きるばかり。
    そして今、黄昏の世界の片隅に生きる呪われた人間の眷属(けんぞく)の末裔たる我らに振りかかりし、恐ろしき災いを見よ。

パロドス
    舞台上手と下手奥側から舞台中央に向かいコロスが入場する。ぼろをまとい、血色の悪い人々。

コロス   深き闇の中より我らは叫ぶ。神々よ、聞き入れたまえ。
    かつて天の火を盗み、神々のごとくあらんとした父祖の咎(とが)を我らは負う。
    神々よ、哀れみたまえ。
    飢えを喰らい、渇きを飲み、病に苦しみながら短い命を送る我ら。
    悪臭を放つ海に打ち寄せる波よりも激しい死の波に、さらわれゆくおびただしい命の群れ。
    父祖が犯せし恐ろしき罪の故に苦しむ我らを、神々よ哀れみたまえ。

    コロスは跪き、「哀れみたまえ」を繰り返しながら五体投地をする。

第一エペイソディオン
    コロスの様子を見ていたユマラは杖で壇を打ち鳴らす。コロスは動きを止める。

ユマラ   子らよ。これは一体どうしたことだ?
コロス1  ユマラ様。神々は今年も、我らを責めさいなまれるおつもりでしょうか?
コロス2  種まきから一月(ひとつき)、太陽はその姿を一度として見せず、厚い雲が空を覆っております。それでいて、その雲から一滴の雨も降ることはなく、撒かれた種は畑の  土と共にひび割れて死んでいく有様。
コロス3  羊や牛たちも、まぐわいもせず、まぐわったとて子を孕(はら)むものはほとんどなく、孕んだとても生まれてくる物は動物の形にもならぬ奇怪な肉の塊。女たちもやせ衰え、赤子は母親の枯れた乳房に吸い付きながら死ぬばかり。
コロス1  ユマラ様。神々はまだ、我らを苦しめられるのでしょうか?我らの父祖が大地と海を穢した災いの年より、百年の年月(としつき)を百回は繰り返したと聞いております。それでもまだ、我らの罪は許されぬのでしょうか?
ユマラ   子らよ。お前たちの苦しみを、私が知らないなどということがあろうか。お前たちの苦しみは、この私の苦しみ。私もまた、神々に祈りを捧げ許しを請うてきた。つい今しがたも、神々の言葉を伝える偉大なるアペフチの口を通じて、神々のお言葉を聞いてきたばかり。
コロス1  ぜひ我々にもお聞かせ下さい!神々のお言葉を!
コロス   神々のお言葉を!
ユマラ   もとよりそのつもりだ。神々はお前たちにも直接お話になる。だが聞け。神々のお言葉は、決してお前たちの喜びとはならぬであろう。神々は我らに救いではなく、新たな災いをお告げになるのだ。
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