天泣


   衿川 悦子(えりかわ えつこ)

   半田 菫(はんだ すみれ)
   小瀬 庄弥(こせ しょうや)
   衿川 麻里(えりかわ まり)
   朝木 瞳(あさぎ ひとみ)
   玉置 豊(たまおき ゆたか)
   山根 林太郎(やまね りんたろう)



■■■

   0

   客入れの時間。
   悦子、舞台中央に、客席へ背を向けじっと座っている。
   彼女を囲むように並べられた六つの立方体。
   一定の時間をおいて、役者がひとりひとり、舞台上に姿を現す。
   役者は姿を現すと、悦子を囲む箱を、ひとりひとつずつ、所定の位置へと並べる。
   定刻になり、最後の山根が、マイクを手に、姿を現す。
   以降マイクによる台詞は「」にて表記する。

山根   「かつて父は言いました。幸福は訪れるものではなく、見つけるものだと」

   各々が、各々の台詞を、自由に語り始める。

朝木   (重ねて)あそこ、軒先にね、雨が降るとときどき人が来るの、雨宿りしに。で、何人かが集まると、ときどき、ぽつぽつ話し出すんだよね。ほらなんだっけ、あの、アリストテレス、とかプラトンとかが言ってたあの、我思う故に我あり、っての。あれほんとだと思うんだよね。考えてる自分がいるから自分はいるとかそんな話じゃなくて、嬉しいとか、悲しいとか、好きとか嫌いとか、善も悪も、幸も不幸も、私が、それらを感じるうちはそれら全部が私なの。だから、全部噛み締めてやろうって思った。生まれてしまったからしかたなく生きるんじゃなくてさ、生まれてきたからには、全力で私という人間を謳歌してやりたいなって。

半田   (重ねて)多年生のシダ植物。土手の斜面などに生育。茎は地下を這い、その節々から芽を出して増える。春に出る胞子茎はツクシともいい、この頭から胞子が散る。ゾンビには意思がないんだよ。でも意思がなくたって、考えたふりして、私たちと同じように生きてたらそれって見ただけじゃわかんないよね。腐ってないゾンビだよ。哲学的ゾンビ。私は何にも縛られたくないのです。えっちゃんは何がしたい? えっちゃん。えっちゃんのしたいことはなんだろ。天泣っていうんだって。昔の人はね、晴れてるのに雨が降ってるのを、まるで天が泣いてるようだって。哀しくて泣いてるのかな、それとも嬉し泣きなのかな。

山根   (重ねて)137億年前、この世界に光はなく、時間や空間すら存在しない、無、のみがありました。その無が揺らぎ、この世に存在しうる最小の宇宙が零れ落ちたのです。直後、インフレーションにより宇宙は10のマイナス35乗秒というわずかな時間に10の100乗倍に膨れ上がり、ビッグバンと呼ばれる熱の放出を経てクォークが生まれ、38万年後、原子の生成とともに宇宙を光が飛び交い、90億年後、今から約46億年前、地球が誕生したのです。私たちが見ているものはいつだって氷山の一角です。鈍さをもって平らに生きるか、山を起こすか。それはあなた次第です。

麻里   (重ねて)腐ってるじゃん! あのね、腐ったミカンの方程式。他のミカンを救うためには腐ったミカンは放り出さなければなりません。こういうの嫌い。正しいことばっか言っちゃってさ。…そりゃ殺人はよくないけどさ、でもそんなのってちょっと考えたらわかるし、わかってたと思うよ、でもそれでも殺そうって全身で感じちゃったんだったら、そーゆー、常識? 入る隙なんてないでしょ、それってもう個人の事情じゃん。そりゃ外部は好き放題言えるけど、責任の伴わない正義なんてただの暴力だよ。私にも色々あるんです。お姉ちゃんにはまだちょっと早いかなー。

玉置   (重ねて)いい、いいと思う。いい、夢だと思う。自分でも、なんであんなことできたのかわかんない。あのときは、わかんないけど、このままじゃ駄目だって思った。なんとなく嘘ついてることわかったから。…いい夢を悪い夢にしちゃ駄目だ。とか。…でも、僕は、たくさん縛られてた。臆病で、いつもみんなの視線を気にしてたから。あの頃ほんとはもっと、どこか遠くに行ってしまいたいって思ってた。なんでこんなとこにいるんだろうって、ずっと。だから、…まぁ、うん。

小瀬   (重ねて)コミュニティに縛られるのは嫌いですけど、ひとりで過ごすには三年はあまりに長いですね。村社会ですよ、学内村社会、スクールカースト。みんな必死に自分の立ち位置守るために闘ってるんですね。勿論僕がこの性格さえ直せれば話は早いんですけど、頑固なもんですよ、鈍さをもって平らに生きることを良しとしないんですよ、人間壁は通れませんからね。あのね、行間、行間を読んでかないと駄目なんですよ。お皿くださいはお皿使います、お皿お下げしますねはお帰りくださいませ。人はそうやって一度に多くのことを伝えてるんです。

   各々が語る中、台詞を飲み込むが如く、大きく盛り上がる音響。
   悦子、ゆっくりと立ち上がり、
   悦子の起立とともに、音響と各々の語りが急に止む。

悦子   あなたを殺したのは私です。

   暗転。
   響くOP曲。



■■■

   1

   OP曲からクロスするように『仰げば尊し』。
   中央を抜き出すように、ゆっくりと、明転。
   舞台中央でひとり唄う悦子。

1/23

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム