MONSTER


   手塚 春樹 (てづか はるき)

   父     演出家
   女優    新人
   同僚    中年

   着包み   大家
   旦那    妊婦


   舞台上は、抽象的な空間。
   使いようによっては室内にも室外にもなりえる。

   開幕の合図とともに、ゆっくりと、暗転。
   無音の舞台上に、以下の文言が白く映し出される。

   『創造主よ、土塊からわたしを、人のかたちにつくってくれと頼んだことがあったか?』
   『暗黒からわたしを起こしてくれとお願いしたことがあったか?』
   『失楽園 第十巻』(*1)


■■■

   0

   舞台上の文字が消えしばらくすると、暗闇の中、一人分の足音が聞こえて来る。
   一定のリズムで舞台上に響き渡る足音。
   ゆっくりと、明転。
   舞台中央に春樹、椅子に座りノートパソコンを前に静止している。
   画面を睨んではいるが、一向に進む気配がない。
   その周りを足音を響かせながら歩き回る父。

父    …生きるか、死ぬか、それが問題だ。ハムレットは見たことあるだろう、世にも有名な、シェイクスピアだ。おそらく作中で最も有名な、多くの人に知られているという意味でだが、最も有名な一節だ。ハムレットと聞けばほとんどの人はこの台詞を思い浮かべるだろう。…生きるか、…死ぬか。ところが俺は違う。俺が初めて読んだハムレットには代わりにこうあった。あるか、ないか、それが問題だ。俺はよっぽど深いと思ったね。あるか、ないか。翻訳の違いだ。だが人の生死なんかよりもずっと深い。そこにお前はあるか、想いは、愛は、あるか、ないか。興味深いと思わないか?

   春樹、パソコンを睨みつけたまま、

春樹   父さん、
父    あぁ。
春樹   その話は何度も聞いたよ。

   父、呆れた様子で軽く鼻で笑う。

父    …その話は何度も聞いたよ、なんの面白みもない回答だ。いいか春樹、人生は常に新しい。この世において同じ事なんて何一つないんだよ。それはこの時間軸において全ての要素が一縷の誤差もなく再現されることは断じてありえないからだ。お前は今、常に新しい経験をしている。そしてお前はそのことを自覚せずして、
春樹   その話も聞いたよ。…父さん、僕は今集中してるんだ。邪魔をするなら消えてくれ。

   春樹、依然画面を睨みつけている。
   父、一旦口を紡ぐもすぐに、

父    お前の母さんはいつだって愉快な、
春樹   黙れ!

   間。

父    …次は、
春樹   ……。
父    何が聞きたい。
春樹   何も。
父    何もってことはないだろ春樹。
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