Ace
Ace

CAST
・みなみ
 (このキャストが全役を演じる)
・男
・女
・記者
・ニュースキャスター(この役はほかの人物でもよい)

 開幕

 劇中で動作の指示があるが、それらはすべて無対象でも有対象でも構わない。

 舞台中央に横長な台(ある程度高さが欲しい)
 その上、中央あたりに、横向きに柵
 (台と柵は最低限の大道具。必要に応じて増やしても構わない)
 台の上で、柵の向こう側から肘をつきそろばんを使うみなみ
 みなみの衣装は、白一色の、無機質なもの
 体のラインを強調しない、ゆったりとしたものだが、スカートではいけない
 読み上げ算の口上を述べながら計算していく

みなみ  ご破算願いましては〜、三七三円なり。探して五一円なり。加えて五一一円なり。二〇四〇円なり。やはりなくて五一円なり。引いて五一一円なり。加えて四三円では

 しばらくの沈黙

みなみ  小学生の時、そろばん教室の先生に教えてもらった。その頃の私にとって、呪文のようなものだった口上の意味。「ご破算願いましては」とは「ここまでのことをすべてなくして、また一から計算願えませんでしょうか」という、なんともへりくだった言い方なんだと

 そろばんを手前に傾けて戻し、人差し指でそろばん玉を直す。(「ご破算願いましては」
 の動作)

みなみ  (大きく息をついて)私は恋というものをしたことがない。というより恋という感情が何なのかわからない。あなたたちはどうです?恋、知っていますか。何故それが恋という感情だとわかるのですか。初恋なんてまさにそう。それまで抱いたことのない感情が、なぜ恋だとわかるのです。私はそれがわからない。だから「恋をしたことがない」というより、「いわゆる恋というもの、をしたことがない」というほうが正しいだろう。……知ってみたい。私は恋を知りたかった。このままでは周りと違うから。私はとあるサイトで手助けを乞うた。するとどうだ、数え切れぬ程の男性が名乗りを上げた。彼らをおぞましく思いながらも、私は彼らの援助を受けてみた

 みなみ(男)、ジャケットを羽織り帽子をかぶる
 移動してもよいが、あくまで柵の向こう側

男    みなみちゃんさ、男に興味ないんじゃないの。もしそうなら僕は虚しいけど。あぁ、こういう関係で今更虚しいも何もないか。えーっと、はい。ホテル代別で三万円。そうだ、一度試してごらんよ。ほら、そっち(手の甲をほほに当てて)の方をさ。僕の知り合いにいるんだよ。こうやってサイトでいい娘探してるやつが。(紙にメモをする)はい、これそいつのメアド
みなみ  これはつまり、女同士で、ということですか
男    あぁ、もしかして抵抗ある?それなら今まで通り僕と会ってくれればいいよ。なんなら、プライベートでも

 ホテル客室の内線電話が鳴る

男    ……帰ろうか。でも、その前に一つだけ、いいかな
みなみ  なんでしょう
男    愛してる、って言ってほしい
みなみ  オプションなので追加料金を……はい、確かに頂戴しました。愛してる
男    僕も、愛してるよ。みなみちゃん

 みなみ、舞台中央に戻ってくる

みなみ  そっちとはなんだ。確かに私は彼のように、惨めなまでに必死に異性を求めてはいない。彼と同じようではないのだから、私は彼からしたら「こっち」の人間ではないのだろう。考えてもわからないので、「そっち」を試すことにした

 みなみ(女)髪をシュシュでまとめて、ストールを羽織る

女    男に興味がわかないから、こっちかもってことなの。そう……じゃああなたは、女の人が好きってわけではないのね。……そう……あの、それだったら、この話はまじめに考えなくてもいいわ。その、ごめんなさい、私、あなたを好きになっちゃったみたい。あなたが良ければ、お付き合いしたいの。あぁ、無理にとは言わないわ。だって、あなたは私を好きではないでしょう
みなみ  えっと……好き、はわかりません。だけどあなたのことは、嫌いでもありません。あぁ、誤解しないでくださいね。好きです、あなたのこと。だけど、あなたの言うような、熱い感情じゃない
女    それでもいい。ずっとそばにいて、そしたらいつか、私のことを好きになってくれるかもしれないでしょう。私はそれでいいの。いくらでも待つわ
みなみ  それは……虚しくなりませんか。私は、あなたと同じ気持ちを返せない
女    いいの。私は明るい未来を信じる。もちろん、あなたが良ければだけど
みなみ  ……わかりました
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