drops


0『プロローグ』


 山の中、雨が降っている。
 一人の男が彷徨うように現れる。
 男、遠くに少年を見つける。
 時期は夏らしい。少年は半そでで、虫かごを持っている。
 少年も男を見つめている。
 二人、じっとお互いを見つめている。

男「雨が降ってるな」
少年「降ってるね」
男「傘は差さないのか」
少年「雨はね、洗い流すんだ」
男「何をだ」
少年「罪を」
男「罪、か」
少年「あの子がそう言った。雨が罪を洗い流してくれるって。だから、雨はずっと降り続けてくれればいい」
男「お前は、何か罪を犯したのか」
少年「覚えてないのかい?」
男「何をだ」
少年「あんたは、僕なんだぜ」

 男、一瞬言葉を失う。

男「ああ、そうだったっけ」

 暗転。

男の声「少年はそうやってずっと雨に打たれていた。少女の言った、『雨が罪を洗い流す』という言葉を信じて。だが、罪が洗い流されるとは、どういうことなのだろうか。罪を忘れるということか。罪というものは、そもそも失われるようなものだろうか。もしそうであるなら、洗い流されない方がいい。忘れるくらいなら、持っていたほうがいい。……そう思いながらも少年は、自ら雨に打たれ続けるしかなかった」


1『喫茶店』


 明転すると、そこは喫茶店。
 男、カウンターで洗い物をしている。
 彼はこの店の従業員である。
 時間帯は夜で、客は誰もいない。
 洗い物の音だけが響く。
 そこに、女が一人入ってくる。
 彼女は、フリーペーパーの記者である(以下、女)

女「こんばんわー……。失礼しまーす」

 男、女に一瞥くれるが、返事はしない。
 女、喫茶店を嬉しそうに見渡す。

女「いやー、素敵なお店ですね。なんだか、ずっとここにいたくなるような感じ。……私ね、こういうお店で昔の文学作品を読むのが好きなんです。少し古びた、上品な木のぬくもりが、物語への没入感を高めてくれると思うんです。……そうだな、芥川龍之介の『蜜柑』がいいな。『蜜柑』、知ってます? 芥川」
男「……知らないよ」
女「素敵なお話なんです。短いお話なんで読んでみてください。ほら、死後五十年経って著作権も切れてるから、スマホで読めると思います。でも私、スマホで読書するのあんまり好きじゃないんです。やっぱこう、紙をぺらりぺらりとめくって、緩やかな時の流れを楽しむというか……ああ、やっぱり『蜜柑』ダメです。短すぎます。緩やかな時間を過ごそうと思った瞬間に終わってしまいます。となると……」
男「あんたさ」
女「何です?」
男「……昨晩電話してきた、フリーペーパーの人だよね」

 女、きょとんとしている。
 不意に女、自分のミスに気づく。
 慌てて、名刺を出すかお辞儀するかで悩み、バタバタする。
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