春懜櫻國物語
――「日本書記」木花開耶姫伝説より――
春懜(しゅんもう)櫻(おう)國(こく)物語(ものがたり)――「日本書記」木花開耶姫伝説より――

                            作 小川リューク


※日本神話の筋書きを基に史実とは全く無関係な世界を描いたため、『春儚桜国』は時代も場所もない日本人の桜を愛す思想の中だけにある異空間である。

ニニギノミコト―迩芸
オオヤマツミノミコト―山積
イワナガヒメ―石長
コノハナサクヤヒメ―木花
ホデリノミコト―火照
コトヒラ―琴平(生徒)
シロタエ―白妙


第一場プロローグ

幕前に生徒が登場
生徒  皆様、改めましてご入学おめでとうございます!、〇〇生になった気分はいかがですか? いやあ皆さんの門出を桜の花もお祝いしてくれています。桜いいですね、私たち桜を愛すDNAになってるんです、日本人ならこの花! 
生徒その場で制服を脱ぎ始め、下の衣装があらわになると急に人格が変わり合図する。
M「繚乱炎部」とともに幕が開く
着替えた生徒は舞台上を駆け回り櫓の上に登る 
琴平  よーーーく聞け皆の衆、このままにこの花を好みと決めしこの人はどのわけ知ってこの花と定めたか、生まれこの方聞いたことなきこの話今から語って進ぜよう。日本古来の神々は、その時からヤマトの国を儚なき春の桜(さくら)国、即ち春儚(しゅんもう)の桜(おう)国(こく)と申せられた。 ワレは今ヤマトの国と申したがヤマトであってヤマトでない。どこやもしれぬその国は我らこの地に生まれしものがいつか行き着く幻か、心に眠る夢かうつつか。この物語はいわばこの国の故郷である。
登場人物が続々と舞台上に現れる。
ストップモーション
男の声 我が娘たちよ。お前たちは二人で一つの魂じゃ。この国の永久(とこしえ)の繁栄のためには片時も離れてはいかんぞ。

SE 鈴
暗転
ろうそくの明かりが灯る
   SE 風
第二場 回廊
琴平 火(ほ)照(でり)命(のみこと)様! お待ちください。
火照 もう我慢ならぬ。あの人は政と偽りいつまでも亡き母の面影を探してばかり!
私だって一度でいいから母の本当の姿を見たい、声を聞きたい、そう思って十五年という年月を生きてきたのだ。
琴平 ホデリ様。
火照 ダメだ、琴平、今すぐ母に、母上に会わせてくれ!
琴平 ホデリ様、それはなりませぬ。お母上はもう呼びおこすなとおっしゃいました。
火照 あの方に父のことを話さねばならぬのだ! 母上を殺した男にもうなにも未練はない。
琴平 それをどこで……。
火照 今すぐにでも父子の縁を切りたいほどだ。
琴平 誰からお聞きになったのですか。
火照 あの男が申しておったのだ。酒に負け、国も息子も放っての晩酌に、誰に言うでもなく虚空を見つめたあほ面が、サクヤは私が殺したと申したのだ。
琴平 いえ、それは違います。
火照 何が違う!
琴平 ……あれでも昔は、アマテラスの血を引くすばらしいみことでした。
火照 いやそれは表の顔、どうせ昔から酒ばかり飲んで無残な生活を送っていたに違いない。今日こそ、今日こそ母にすべてを話したいのだ。
琴平 ですが、お母上は。
火照 あの男はイワナガヒメを娶れとも言ったのだぞ。もう、私はどうしてよいやもわからぬ……。儚き明日の我が身もこの国の行く末も、もう私には何も見えぬのだ。
琴平 どうしてもとおっしゃいますならこれが本当に最後でございます。こちらへ。
火照 ありがとう。お前はもう下がれ。
琴平 失礼いたします。

第三場 火照の夢
火照  母上、おいでですか。
木花  今日はどうしたのです。
火照  母上、あなたは先日、私に国をつくれとおっしゃいました。
木花  ええ、確かに申しました。
火照  それすなわち、人の世の王になれということ。今の、民の信頼なき世を立て直せというのですか? この落ちぶれ果てた国を治めるほど私にはまつりごとなど向いてはおりませぬ。
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