雪、恋、手の温度。 (18分)
同窓会の誘いが来た。

校庭の端に埋めたタイムカプセルを掘り返すらしい。最近の子らもそういうの、やってる
のかな。現役の学生を最近の子と呼ぶ程度の年齢に、気が付けば自分もなっている。
当時好きだった相手を思い出して、うっかり名前を検索してみる。特に珍しい名前でもな
く同姓同名がいくらでも見付かる。名前が同じだけでそれぞれに人生の異なる他人。結
果、本人らしき人物は見当たらなかった。電子の海には彼女はいない。いるのは何処だか
分からない現実と、自分の記憶の中。なんて、うっかりポエマーになりかける。なかなか
手強い日々の暮らしの中、美化した思い出に酔うのくらいは許されたい。

自分が住んでいた町は学区の果てで、あと数百メートル西側になると別の学校に通う事に
る。小学校は徒歩通学だった。暑かろうと寒かろうと6年間毎日片道3kmを歩いた。前
世の業にしか思えなかった。中学校に上がってからは、自分達と隣のエリアだけは自転車
通学。他エリアの民から羨ましがられ、業から解き放たれて逆転した心境でペダルを漕い
でいた。
ただ、そのペダルの動きを止めようとする障害があった。坂だ。この町は何処へ行こうと
しても坂がある。特に学校へ向かう途中、かなりの急勾配、降りて登る坂があった。だっ
たら平坦でいいんじゃないか。しかもその坂の脇に豚の屠殺場があったから、酷い匂いが
した。坂のどちら側から来ても、登る時には立ち漕ぎで大量に息を吸うのに、そのロケー
ション。地獄だった。業は未だ続いていた。一本隣の大きな国道であれば平坦で、出来れ
ばそちらを通りたい。だが、親から、学校に届けを出した道以外で事故に遭うと保険が下
りないからね、と釘を刺されていた。


アイツには3年片想いだった。

小5・小6は同じクラスだった。アイツは線が細くて、鼻の辺りに少しそばかすがあっ
た。髪は元々ロングでポニーテール。水泳の授業の後、乾くまで髪を下ろしてるのを見
て、なんだか特別なものを見た気がした。その後、バッサリ切ってショートになった時に
自分の持った感想が「あああああ」だった。心が震えすぎて語彙力がなくなった。

アイツは友達が多い様には見えなかった。他の女子と喋る姿も記憶にない。とにかく、い
つでも中村さんと一緒にいた。休み時間も遠足もトイレに行くにもいつも中村さんと一
緒。いつも2人だけで何を話しているのか想像もつかず、独特な存在に見えていた。そこ
に割って入ってまで声を掛ける理由もなく、ただただ視界の片隅にアイツがいたらちょっ
と嬉しい。訂正。とめどなく嬉しい。そんな一方的な関係性のまま2年が過ぎて中学生に
なった。アイツとは別々のクラス。

次の授業の準備をしていた時、廊下側の窓からアイツがウチのクラスを覗いていた。中村
さんがいるからだ。そのお陰で休憩時間や放課後にアイツの姿が目に映って、自分として
は中村さんにちょっと感謝していた。だから今回もアイツは中村さんに会いに来たんだろ
うと、自分は思っていた。

「習字道具かして」
え?

広辞苑に載せる例としてこれ以上にないお手本に成り得る「え?」を返したと思う。

「貸してってば、習字道具」
なんで?
「ウチ、次、習字だから。持ってくんの忘れたの」
他の人から借りればいいじゃん。
「ケチ」
ケチじゃないよ。絶対貸さない。
「超ケチ。借りるね」

アイツが勝手に習字道具を持って行こうとして、引っ張り合いになる。

「離してよー。授業始まっちゃうじゃん」
他の人からでもいいだろ。
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