霊験あらたかな桃
霊験あらたかな桃

※[]内はト書きとする。

 [お尻のように立派な形をした桃を傍らに、倒れ込みながら肩で息をする若者]
 [周りにはそんな彼を白い目で見ている群衆がある]

おい、お前ら全員、人の心を忘れたのか?
いつからだ。いつから上流から流れくる人(桃)を素通りできるようになった。
子どものころは違ったろう。いいや、違ったに違いない。
自分で助けられないにしても、きっと近くの大人を全力で呼びに行っていたことだろう。
童心を忘れるのは構わん。遊び心も捨ててしまえ。
だが、お前らが失ったのは人を人たらしめる心だぞ。

 [近くを通る人々にぶつかられよろけてしまう]

これはただの桃と違う。
この川に流れていた霊験あらたかな桃だ。
知らないのか?
この川で洗濯していたおばあさんが拾った桃のことを。大きな桃の中から元気な男の子が生まれ、やがて鬼を退治し宝物を持って帰ってきたんじゃないか。

 [周りの人はそんな若者を無視して通りすぎていく]

人(桃)の命を無視してまでそんなに洗濯したいかね!?
どれだけ溜め込んでいたんだい。汚いよ。精神的にも衛生的にも汚いよ。
ほら、二丁目の桃太郎のことさ。
あの晩、おいらも見ていたのさ。二つに割れた桃の中で包丁を白羽取りしたあの桃太郎をな。
立派なものさ。人非ずものだ。ゆえに腕っぷしだけが自慢の鬼を懲らしめることができたんだぞ。
……。
なぜ信じないか!?
誰が桃太郎を人非ずものとして陥れようとしているものか。尊敬と羨望の眼差しを向けておるわい。
第一、   桃から生まれでもしない限り「桃太郎」だなんて気狂いした名前をつけるものか。
果物+太郎なんて他に聞いたことあるか?苺太郎、葡萄太郎がかつていたかい。

 [ある人は若者を恐れ、さらに上流に移動したり、その場を離れていく]
 [若者は酒瓶に口をつけ、ぐびと中身を一呑みする]

酒を呑んでいるだけで何が悪い!素面と違いなぞあるものか。
酒を理由に一線を引こうとするな。
お前らも、毎晩とは言わずとも、酒を舐めて暮らす日もあるだろう。
それともあれか。おいらが捨て子で、出生の知れない人間だからか。
だから自分との間に線引きしているのだろう。
もう知らん。人命には目もくれず、無我夢中で家事をこなす自己中心的な貴様らと同等に扱われるなぞ、こちらから願い下げだ!
おお、それにしても一番可哀想なのはこの子(桃)じゃないか。
誰にも拾われず、どんぶらこと海まで出るか。耐えかねて自ら割って出てみれば沖でした、なんて悲惨にもほどがあるじゃあないか。
でも安心なさい。お前の兄の元へ連れてっちゃるからな。

 [両手で包み込むように桃に触れようとしたところで「ひっ」と後ずさる]

おいらがあの晩に見た桃はこんな大きさではなかったな。もっとこう、一歳男児がすっぽり入って余りあるほどの空間があったはずだ。
それに比べるとこの桃はあまりに小さい。
……まさか、この桃は。

 [辺りをきょろきょろと見渡し、そうっと正面から桃を覗き見る]
 [そして、はっと目を手で覆い、しかしその指の隙間からさらに覗き見る]

おなごじゃ。小さいのはそもそもの体格が違うからだ。
見よ、この見事な形をしたお尻を。桃のようなお尻じゃ。いや、お尻のような桃か?
とにかく愛でたいお尻じゃ。いや、おめでたい桃か?
わからん。もう訳がわからん。わからんがこれは確実におなごのお尻ぞ。
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