僕は彼女がそこに立っているのを見ていた
〈登場人物〉
アユミ
ミホ
ナナ
カエデ
サキ
景浦
石田
高橋
山岸
ユミコ先生
1
朝の駅のホーム(暗転幕の前)。
たくさんの人々が並んで電車の到着を待っている。
みんなどことなくイライラしている感じ。
アナウンス お急ぎ中のところ、誠に申し訳ありません。本日、五反田駅で発生しました人身事故のため、ただ今ダイヤが大変乱れております。まもなく電車が到着致しますので、今しばらくお待ちください。
男1 おい、またかよ。
男2 ほんと、人の迷惑ぐらい考えろよな。わざわざラッシュ時間に飛び込まなくてもいいだろ? 嫌がらせかよ?
男1 嫌がらせっていうか、わざとやってるんだよ。
男2 え? どうして?
男1 そりゃ、一世一代の晴れ舞台だからさ。
男2 晴れ舞台? 何が?
男1 だから自殺だよ。一回しか死ねないんだからさ、どうせ死ぬならみんなの記憶に残るような派手な死に方したいじゃん?
男2 記憶に残るって‥‥ただ、みんなに迷惑かけてるだけじゃん。それに、飛び込み自殺なんか、イマドキありふれてて新聞にも載らないぜ。
男1 そんなの知るかよ。死ぬヤツはそう思ってんじゃない?
男2 ふーん。そんなもんかね?
男1 うん。そんなもんだよ。たぶん。
男2 ‥‥でもさ、なんで山手線でやるんだろね?
男1 え?
男2 だって、各停じゃん。停まりかけの電車に飛び込むのってイヤじゃない? 特急の方がよくなくない? バーンって一気に行っちゃう方がさ。
男1 ああ、そういえばそうかもな。
男2 やっぱ、それでも一世一代の晴れ舞台だから、メジャーな山手線がいいのかな?
男1 知るかよ。そいつらに聞けよ。
男2 聞けねぇよ。死んでんだから。
男1 あ、そりゃそうだ。
男1・2 アハハハハ。
ストップモーション。
女1に明かり。
女1 こんな会話を聞くのは何度目だろう? 東京に引っ越してきて、電車で学校に行くようになって、初めてこういう会話を聞いた時は、「東京の人って何て冷たいんだろう」とけっこうショックだった。
それが、二年も経つと何にも思わなくなった。何にも思わないだけじゃなくて、ちょっと共感してたりする自分が悲しい。
とにかく、こういう電車の人身事故も、朝のいつもの日常風景の一コマになってしまった。
アナウンス 大変お待たせしました。まもなく2番線に外回りの電車が到着します。白線の内側にお下がりになってお待ち下さい。
男1 お、やっと来るな。
男2 かなり遅刻だよな。‥‥会社に電話した?
男1 うん。した。
男2 電話に出たの、誰? 課長?
男1 いや、鈴木さん。
男2 おお。そりゃラッキーだったな。
男1 まあな。日頃の行いがいいからな。
男1・2 アハハハハ。
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