ザリナン教授
【登場人物】
・男=ザリナン教授 改革派の歴史学者。亡命中。
・女=チェシカ ザリナン教授のファン。


 客車の座席に座る男。コートを来た女が入って来る。

女    ここ、よろしいですか?
男    え?…あ、どうぞどうぞ。
女    すいません。

 女、男の向かい側の座席に座る。と、汽笛、汽車の出発音、そして走行音。間。

女    …もしかして、ザリナン教授ではありませんか?
男    え?
女    やっぱり!こんなところでお逢いできるなんて光栄です。
男    いえ、違います違います。
女    どちらに行かれるんですか?
男    いえ、その、
女    あ。

 女、急に息をひそめ辺りを見回す。

女    すいません。亡命中なんでしたよね。
男    いや、気にしなくていいですから。
女    私、先生の著書は大好きで、全部読んでます。過去の政治制度から現代を鋭く批判した論文…あれ、ええと、なんでしたっけ…あれ好きなんです。何回も読み直しました。
男    ああ…そうですか。
女    素敵ですよね。なんて言うんでしょう。理論家の先生にこんなことを言うのはどうかと思いますけど、とてもロマンチックだなぁって思いました。
男    ロマンチックですか。
女    ええ。歴史という人類が描いてきた絵を幾重にも重ね合わせたコラージュを見ているみたいでした。それでいて、現代を見つめる視線はあくまで冷たく鋭くて、
男    ロマンなんて求めたことはありません。

 間。

女    …ごめんなさい。
男    いえ、いいんです。すいません。
女    あ、あの、ロマンチックって言っても理性的でじゃないと言ったわけじゃなくて、
男    わかってます。わかってますから。
女    いえあの、私が言いたかったのは、素敵だなって。とにかく、先生の書く文章はとても素敵で、
男    もういいですから。
女    いえ、よくありません。本当にごめんなさい。私、言葉知らないんです。馬鹿なんです。無知なんです。
男    そんなことはありません。
女    いえ、先生は知らないんです。私がどれだけ脳無しか。

 女、男の手を握る。

女    先生。お願いです。私を導いてください。スポンジ脳の考え無しの私を、先生の知性の光で導いてください。
男    …しかし、私は亡命中なんです。
女    わかってます。私、先生のお供をいたします。一人の旅より、二人の旅の方が安全です。私が先生を守ります。私、少しですけどお金も持っているんです。だから、お願いします。連れてってください。先生の弟子にしてください。
男    …だめです。危険です。それに、親御さんが何と言うか。
女    大丈夫です。うちの親は認めてくれます。
男    …遊びじゃないんですよ。
女    わかってます。お願いします。
男    …。
女    先生。
男    わかりました。一緒に旅をしましょう。あなたがいいと言うところまで。
女    ありがとうございます!!
男    とにかく、…次の駅で西行きの列車に乗り換えましょう。西の方がいくらか安全ですから。
女    はい!
男    ところで、…どうしましょうか。つまり、私達の関係は。
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