『陶芸家の恋』
一人芝居『陶芸家の恋』20150623
陶器は、お茶には湯飲み、ご飯には茶碗、うどんや蕎麦にはどんぶり、角皿は焼き魚やお刺身に使うし、小鉢もイイ。
中華料理も大抵は陶器です。けれど、正確には「磁器」ですから、ここでは別として。
ガラスは日本人にとっては用途が少ないように思われがちですが、ワインや洋酒にグラスを使うだけではなく、器にアイスクリームやかき氷を入れても涼しげでイイし、ケーキや果物を乗せても綺麗だ。ムニエルやステーキなどのメインをガラスのプレートに乗せたらオシャレですね。
陶器とガラス。
みなさんはどちらが好きですか?
普段はどっちを多く使いますか?
例えばあなたが新婚で、両親から、あるいは親戚から「食器を一式買い揃えてあげよう」と言われたとします。「陶器でもガラスでも、好きな食器を選びなさい」と。
どっちを選びますか? もちろんだんなや奥さんと相談してもらって構いませんがね。
■観客に順に尋ねていく。
あなたは? あなたは? あなたは?
■回答には特にリアクションを見せず。ガラスが出るまで続ける。
なるほど。
僕は、陶芸家です。
みなさん、僕が陶芸家だということはお察しだと思いますので、
まさか『ガラス』と答える人がいるとは思いませんでしたが。
僕が作る陶器は、「一井戸、二楽、三唐津」と呼ばれる唐津焼。
西日本では陶磁器全般を指す意味で「唐津物」と言いますが、
・・・東日本の感覚で言うと「瀬戸物」ですね。
そういう広い意味での唐津物とは区別するため、「古唐津」と呼ばれますが。
その古唐津の一つである「奥高麗」。主にこれを愛しています。
奥高麗茶碗は古唐津の中でも一段「格が高い」茶碗とされ、古来、茶人の間で珍重されてきました。茶人である千利休が「子のこ餅」(ねのこもち)と呼ばれる奥高麗を所持していたことが知られています。
奥の、高麗。高麗は朝鮮半島のことですね。「奥」の意味は諸説あって「遠い」か「古い」という意味です。
唐津焼の中でも最初期に属する作品であり、その製作には帰化朝鮮人が深く関わっていたことは間違いないようです。
柔らかくゆったりと、大ぶりで豊満で、枇杷(びわ)色の落ち着いた色味。
力強い高台に支えられ、上品で堂々としています。
豊かな肉付きを慎ましさの中に潜ませた、女性の艶かしさがあります。
作るときに、
僕たちのようなプロは土から探します。あちこちの土地に行って。作品に合った土を選びます。
土をこねる。茶碗や壺はロクロを回しますが、角皿なんかは手びねりで造りますね。
粘土遊びみたいなモノですが、
陶芸は「一焼き・二土・三細工」なんていいますが、
この細工、つまり成形の時点で良くないものが、うまく窯焚きができたとしても良くなるわけが無いのです。
このとき、女性的な丸みを意識していますね。こう、なめらかで、独特な凹凸がある。
焼きは、窯と何日も格闘することになります。暑いですよ〜。でもこれが最高に気持ち良い暑さだ。
恋の駆け引きと、幸運が、彼女との縁をもたらしてくれる。
そうやって産まれた陶器は、自分が苦労して手に入れた恋人です。
作為的でない、わんなりとして、どっしりとして、気のおけない、日なたの温かみを感じます。もろいけれど、力強い。ゆるやかだけど、芯がある。そんな女性の強さを感じます。
あるとき、窯の仕込みに何日もかかり、当時の恋人に何日も連絡をしませんでした。
すると、彼女が窯まですごい剣幕で乗り込んできて、怒り散らし、「私と土塊と、どっちが好きなの!?」って言うんです。
僕は「陶器はね、土が大事だけど、土だけじゃないんだよ。釉薬もある。この窯も風通しを考えてやらなきゃいけないし、炎の流れを読まなきゃいけない。ただの土塊じゃないんだ」って。
そしたら彼女はもう声にならない声で叫びながら、近くにあった、こんな大きな甕(かめ)を持ち上げて、がしゃーーん。で、大泣きに泣いて走っていっちゃいました。
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