『ありきたりな、靴下の話』
『ありきたりな、靴下の話』
(人間大の靴下。「靴下の着ぐるみ」と言ってよい。)
(その前には、マイクが置いてある。顔の高さに。)
こんにちは。
ボク、靴下です。
こんにちは。靴下です。
大きいけど、巨人の靴下じゃないです。
これの、あ、ボクの、ほんとの大きさは、皆さんが今履いている靴下と同じ大きさだと思ってください。
あ、落ち着いて。争わないで。皆さんの足のサイズは聞いてないので、安心して。
(26でも7でも、どっちでもいいから。)
靴下は基本的にフリーサイズだから、任せて★
今はちょっと拡大してると思って、
ボクのホントの大きさは普通の靴下と同じだってこと。
具体的にいうとこれくらい。(反対の『足』を出す)
・・・少しボクの話をしてもいいですか?
それとも誰か、今ここで、ボクの代わりにしゃべりたい人います?
いませんよね?良かった。
念のため確認しただけです。
安心しました。靴下にもしゃべる権利があるんだって分かって。
ボクの話。
といっても、特別なことはない、ありきたりな、ただの靴下の一生です。
ボクは、誰かに買われるのをずっと待っていました。
伊勢丹の婦人服売り場の棚の上で。誰かの手に取ってもらえる日を、じっと待っていました。
ごめんなさい、嘘つきました。
本当は『イズミヤ』のワゴンの中で、待ってました。
その頃のことはよく覚えてません。人間の赤ちゃんといっしょ。
もちろん工場で作られた頃のことなんて全く。だって生まれる前だもん。
ボクが覚えている、はっきりとした最初の記憶は、
ボクのことをサクラちゃんのお母さんが手にとって、
店員さんがレジでバーコードを読み取った、
『ピっ』という音。
(SE「ピッ」)
そう、この音。
そこからのことはわりとよく覚えています。
あの『ピっ』(SE「ピっ」)という音で目覚めた気がする。
これを『靴下の自我の目覚め』と言います。
値段がいくらだったかは忘れちゃいました。
脳味噌って都合の悪いことは忘れてくれるんだから、すごいですよね。
・・・。(頭を探って)
ボクの脳味噌がどこにあるのかも忘れちゃいました。
(SE「ピっ」店員「200円です」)
ボクとサクラちゃんの出会いに、特別なことなんてありません。
ごく普通の靴下が、ごく普通の女の子に出会って、恋をした。
ある寒い日の午後、ボクはサクラちゃんのお母さんに買われました。
そして、サクラちゃん専用の靴下になったんです★
サクラちゃんは19歳♪高校を卒業して一年目。
訳あって大学には行ってません。
訳っていうのは、人間社会のことは難しくてよく分からないんですが、
サクラちゃん曰く、「アゴの割れた面接官のせい」だとか「面接官のアゴが割れてたせい」だとか。
ボクにはよく分かりません。
だって、その時ボクは靴の中だったから。
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