消えます。
〈登場人物〉
老女・母
女・娘
死んだ女
男・祖父
太い男・父
若い男・父の弟
1
男が立っている。
歌う。(アカペラ)
男 一人で行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ
今 青春の河を越え
青年は 青年は 荒野をめざす
女がやって来る。
男 やあ。
女 やあ。
男 ひさしぶり。
女 ほんと、ひさしぶりね。
男 どのくらいになるかな?
女 すっかり完全に忘れちゃって、初対面だと言った方がむしろ手っ取り早いぐらい、ぶり。
男 百年ぶり?
女 まさか。
男 五十年ぶり?
女 相変わらず、冗談が面白くないわね。
男 じゃあ、三十六年ぶりってことにしておこう。
女 勝手に言ってなさい。
男 あの頃、僕たちは恋人だった。
女 勝手に言ってなさい。
男 二人は街中のみんながうらやむお似合いのカップルだった。君は高校三年生。僕は大学生。しかし、あの暗い戦争が二人の仲を引き裂いたんだ。
女 勝手に‥‥。それってちょっと勝手すぎない? それじゃ歴史改竄よ。まさか、あなたはあの歴史修正主義者の仲間なの?
男 歴史なんて、犬にでも食わせろ。地軸がわずか一%傾いただけで、全ての史実は吹っ飛ぶんだ。僕の前に歴史はない。僕の後ろに歴史はできるんだ。
女 また、そうやってヒトのセリフをパクる。あなたは昔からそうだった。あなたには真実というものがないのよ。
男 真実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
女 あなたは鴻上尚史なの?
男 いや、ニーチェだ。
女 え?
男、女の肩を引き寄せる。
音楽。(「いつでも夢を」)
男 星よりひそかに 雨よりやさしく
あの娘はいつも歌ってる
声が聞こえる 淋しい胸に
涙に濡れた この胸に
女 言っているいる お持ちなさいな
いつでも夢を いつでも夢を
二人 はかない涙を うれしい涙に
あの娘は変える歌声で
見つめ合う二人。
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